感想『小説 仮面ライダーディケイド 門矢士の世界~レンズの中の箱庭~』ヒーローとしての門矢士が確立するまでの物語
小説 『仮面ライダーディケイド 門矢士の世界~レンズの中の箱庭~』を読了!
先日、『仮面ライダージオウ』にも客演を果たして相変わらずの破壊者ぶりを発揮してくれたディケイドの小説版。
テレビシリーズもおさらいした上での小説版はまた違う味のある物語となっていた。
テレビシリーズ本編ではあまり描かれなかった「門矢士」にスポットを当てている。
テレビでは、記憶喪失のいまいち士が何者なのかぼやけていた印象がある。
(劇場版等を観てショッカー大首領だったことなどを順を追って理解を深めればある程度分かるんだけれども、いかんせん難しい)
そういえば士は各世界のライダーたちにも不遜な態度で接し続けていた。
常に横柄な態度なため、嫌われ役となりがちで「世界の破壊者」として忌み嫌われることに説得力をもたせていた。
心理描写はほとんどなく、視聴者ですら何を考えているのか分からないキャラクターであった。だからこそ視聴者は「本当に破壊者なのか」「世界の破壊者とはどういうことなのだろうか」と謎を推測する楽しさを残していた。
士の出自や過去という大きな謎を残しておきながらも「ディケイドに物語はありません」と断言されてしまう。
最終回も衝撃的で、テレビ放送当時「え、終わり!?!?」とぽかんとしてしまった記憶がある。
最近また全話見直してみたけれど、やっぱり最終回の消化不良感は拭いきれなかった。
そして、待望の小説版。サブタイトルからして士に焦点が当てられている。
過去ライダーを改めて表舞台に立たせるための装置としてのディケイドが、ついに自身の物語を与えられたのだ。
テレビ版と地続きでなく再構成されたディケイドではあるが、ついに士の本当の考えが明らかになる。
門矢士はまさに世界の破壊を望んでいるような男だった。
孤独を恐れ、他者を拒絶し、世界がひとつに溶け合うことを願っている。
「個」という存在に疑問を持ち、「個」の集合体である世界から逃げ出したい。
そんな後ろ向きで鬱屈とした考えの人物だったのだ。
さらになんと各世界を巡るときには、自分の世界とは違う夢の世界として自信家でポジティブな人格をつくりあげていたということが発覚。
そんな士は野上良太郎や五代雄介、天道総司らと出会い、少しずつ気持ちが変わっていく。
クウガの世界では謎の美女のグロンギに出会う。士は魔性の魅力に取り憑かれていく。
士は彼女に服を贈り、名前を与えた。グロンギ社会にない「特別な存在」としての価値を見出していった。特別になることで彼女もまた士に惹かれていく。
その一方でナツミカンこと光夏海は彼女に嫉妬し、自分を認めてくれない士のもとを去る。「わたしはもっとわたしを必要としてくれる人のところへ行きます」
自分の居場所がほしい。自分を認めてほしい。誰もがそんな承認欲求を抱えている。
規律に厳しいグロンギ社会の歯車でしかなった彼女にはじめて価値を見出した士。
555やキバの世界のように怪人と人間の交流をも描いている。守りたい相手が怪人だった。そのことに苦悩をする。
彼女に魅せられた士は心の闇が漏れ出てしまい、自信家のメッキが剥がれ自分の弱みを隠しきれなくなっていった。
そして、カブトの世界で自分の弱さと向き合うこととなる。
自分の記憶をもった擬態、ワームが存在するカブトの世界。
ここで士は自分のワームと対峙することになる。そして自分(に擬態したワーム)の口から自分の思いをぶちまけられてしまう。
その事件をきっかけに、自分の気持ちを改めて理解した士は自分の過去と決別する。自分のワームを倒した士は自分の世界と向き合い、自分の世界の仲間を愛するようになっていく。
この士が世界を巡ることで拡散しているアイデンティティを確立していくまでの流れやロジックが非常に美しい。士が各世界の問題解決ための役割を担っていた構図と真逆で、各世界が門矢士という人物をつくりあげるための舞台装置となっている。イマジンやグロンギ、ワームという怪人や世界観とのベストマッチっぷりが憎い!そして未熟で鬱屈した性格は、出会うライダーの先輩レジェンド達から良い影響を受けていく。
士が成長していく物語はまさに「門矢士の世界」を描いたものとなっている。
そういえばテレビ版では心情が描かれなかったから、メンタルやられる士って珍しいかも。いや、士自身が強キャラだからそもそも負けシーンってあんまり記憶ないっけ笑
作中謎のキャラクターだった鳴滝は自分の世界と向き合えない人物として、士と対をなして存在している。こうした対比も含めてうまく構成されているなと感心した。
ディケイドそのもののパラレルワールドとも言えるのかもしれないが、
この再構築版ディケイドをぜひ読んでほしい。