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感想『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』庵野監督の自意識と独白。ろくな考察のない感想。一応ネタバレ注意

エヴァンゲリオン シン・エヴァンゲリオン劇場版 さらば、全てのエヴァンゲリオン ジグソーパズル ラージピース 500ピース 50cm×75cm 05-2014

 

 

1995年に放映された『新世紀エヴァンゲリオン』から26年。

例えばあの当時に20歳の大学生だった人は今や46歳。

名探偵コナンは1994年、ワンピースは1997年から続いている。つまり2021年時点でそれぞれ27年と24年のベテラン作品だ。それぞれに長い間応援しているファンがいて、新作を常に心待ちにしている。こういうロングヒットのストーリー作品のファンはエヴァの完結によって「次は自分たちの番」であることを自覚しなければならない。

 

26年。これだけ長い年月をかけた代わりにきちんと決着をつけた本作。放映当時からのエヴァファンの人たちはどんな心境なんだろうか。

まるで小さい頃大好きだった駄菓子屋が店じまいする感覚だろうか、それとも大学から連れ添っていた遊び仲間との離別だろうか。シリーズの完結というのは待ち望む絶望である。長編になればなるほど、続きが気になる反面「これ、いつ終わるんだろう」という不安が常につきまとう。監督や作者が不慮の事故があったらどうなるんだろう、そもそもエヴァは本当につくられるのだろうか。完結したとしても、本当に心の底から納得できる終わりになっていてくれるだろうか。考えるほどに期待値よりもマイナスな気持ちがどんどん高まる。

 

それでも僕らは「エヴァンゲリオン」の新作発表に心を踊らせ、度重なる延期発表に悲しむ反面、「まだ終わらなくて済む」ことに安堵する。

 

エヴァンゲリオンの主人公、碇シンジくんは14歳の中学生だ。それも快活なタイプではない。ロボットに乗り込む主人公は熱血であったことが多かった時代においてシンジ君はちょっと異質だったのではないだろうか。謎がなかなか解き明かされない独特の世界感でちょっとウジウジするタイプや周りの理不尽に憤りを感じていた人たちは自然と自己投影していき、たちまちエヴァンゲリオンの魅力に取り憑かれていった。

いわゆる陰キャラな主人公は無口でミステリアスなヒロイン綾波レイと、明るくグイグイくるアスカの二人に揺れる。

当時からのファンはまさにエヴァンゲリオンは青春だったのかもしれない。エヴァンゲリオンの終わりとは「青春の精算」的な側面があり、その喪失感は計り知れない。

 

 

 

本作の感想をひとことで言ってしまえば「よくわからなかったけど紛れもなくエヴァンゲリオンだった」という感想に集約される。

完結編で出てくる数々の新しい用語やそれらを使いこなすミサトさん達。あの世界の人たちの「私は世界を理解していますよ」感と反比例する視聴者の置いてきぼり感。(これの真骨頂は紛れもなくQなんだけども)

例えて言うならば、専門用語だらけの新しい会社、あるいは新しい部署でいきなりめちゃくちゃ忙しく働くことになるような感覚とでもいうのだろうか。理解できている周りの人たちに置いていかれないよう、ぼんやりと大枠を理解しながらとにかくついていくことで精一杯走り抜ける感覚だ。

過去作を見ておくことは流れを知るために最低限の条件。最大限に楽しむためには、きちんと過去を分析して1点1点用語や用法・意味を理解していなけばならない。こうした細かい部分まで気を配ることができるようにあって、仕事あるいはエヴァンゲリオンの楽しみを実感することができる。ある意味では楽しむためのハードルがめちゃくちゃ高いのがエヴァンゲリオンだ。

 

ここからはネタバレ込で書いていきます。ネタバレ回避派の方はご注意ください。 

 

 

 

 

 

 

専門用語は全くわからない。大まかなストーリーはなんとなく把握。そんなエヴァンゲリオン

 

 

 

見ていて強く感じたのは、庵野監督はゲンドウでありシンジなんだろうな。インタビュー等を全く見ていないので、ただ特撮好きということしか知らないけども、この完結編は彼の独白の側面を担っているように感じた。完全に邪推だが、彼は無垢でピュアな綾波のような人間が好き「だった」のだろう。都度新鮮なリアクションをとってくれる彼女は自分の「教えたい欲」を掻き立てる存在だったはずだ。アスカのような引っ張ってくれる友人に恵まれながらも、最後に落ち着くのはマリというところが長年作品を作り続けた彼の心の変化と時間の流れを感じる。

それはともかくゲンドウが急激にラスボスムーブしてきたのはおもしろかった。人外になってめっちゃ悪役やるじゃん。壮大な親子喧嘩ははじめてシンジが面と向かって向き合ったいいシーンなんだけど、点々とイメージ風景が変わる取っ組み合いがシリアスなギャグなように見えてしまった笑

その割に人類補完計画・ユイ風味がちょっと気持ち悪い感じが独善的な悪役っぽくていいなぁ。

 

監督はかつてないくらいピュアで可愛らしい綾波を書ききった。その代償として今作の出番はそこで力尽きてしまう。対象的にシンジが眠っている間も戦い続けたアスカは今作も身を削って戦い続ける。今作一番割を食った存在な気すらする。お辛い立場になってしまった。ただただ愛されたいアスカはケンケンに出会って距離を縮めてちゃんと居場所ができたのかな。ケンケンのメンタルが達観しすぎて、ニアサードインパクトから14年という年月を感じた。彼も多分いろいろ大切なものを失って、それでも生きてきたんだろうな。

 

にしてもみんながみんな「ニアサー」と親しみやすい略語で呼んでるのがちょっと笑っちゃった。でもそんなものなのかな。世界を一変させた大災害は「911」「311」みたいな日付で呼ぶように、エヴァの世界の「ニアサー」は日付代わりの記号的象徴なんだろうな。

同級生との再会や綾波萌えの日常パートは、最終決戦前、嵐の前の静けさみたいなほのぼのさを感じる。同時にQの尻拭いというか、全く描かれなかった14年での世界のあり方の説明パートだった。元々こういう構成であったのかもしれないけど、破からQの世界となった整合性をとるために丁寧に掘り下げたのが伝わってくる。Qで出なかった加持さんのその後やミサトさんたちについての説明だった。

「破」のQ予告がまったくQ本編になかった。憶測で「破からQの間のエピソードのカットなのではないか」と言われていたが、その信ぴょう性が高まる結果になった。集められる子どもたち等からアスカやマリは真実を知ったのだろう。

あと、カヲル君が残機いっぱいな使徒なのは知ってたけど、加持さんの上司なのはマジか。このあたりの解説はもうちょっと漁っておかないといけないけど予想できたひといるの??そもそもシリーズ通してカヲル君は意味深な役割しかないから考察不能でしょ。

 

最後に本作で一番好きなのは強キャラ感あふれる冬月さんの戦闘シーン。微動だにせず時間稼ぎと割り切る姿がめちゃくちゃかっこいい。

 

 

何はともあれ、庵野監督、長い間お疲れ様でした。

ウルトラマン頑張ってください。

 

ugatak514.hateblo.jp