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感想『青のフラッグ』桃真から見た太一と最終回の賛否の理由

青のフラッグ 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

 

『青のフラッグ』KAITO 集英社(2017-2020) 全8巻

 

 

一言でいえば、「思い思われ、振り振られ」って表現になる(このタイトルが汎用性高すぎる)

思う相手と思われる相手がなかなか一致しないもどかしさによって胸がきゅっと苦しくなる一作。なにか書き起こしたいと思って筆を執ってみた(厳密にはキーボードを叩いた)が、思った以上にうまく言語化できない。苦戦を強いられるほど胸に来る作品だ。

  

まず挙げられるのは描写がきれいだということ。コマ割りというか間のとり方というか、表情の付け方というか、無言の登場人物の心がすっと入り込んでくる。登場人物みんないい人揃いだから、気持ちを推し測ると本当に苦しい。一見すると完璧で悩みなんかなさそうな人でも、内心はぐちゃぐちゃだし、表に出さないように苦しんでいることもある。ほんの軽はずみな一言が決定的に傷つけてしまう地雷な可能性もある。あぁ、生きていくって難しいよな……。そうジーンと噛み締めていくタイプの漫画だ。うまく言語化しづらい感情が多いのに、とにかく多くの人に読んでほしいし、このなんともいえない感情をみんなと共感・共有したい。

 

 

 

桃真の視点で物語を読み解く

青のフラッグの主人公は一ノ瀬太一だ。彼は世間で言う模範的一般人である。特別に秀でたものがないため、幼馴染で才能のある桃真と一緒にいることで自分に劣等感を感じ、次第に桃真との距離を置いていた。そしてそんな太一のヒロインは空勢二葉だ。彼女は太一と鏡写しの存在。彼女も太一同様自分に自信がないが、太一とは対象的になんでもできる桃真に憧れ近づこうとする。

 

桃真は、太一と二葉のふたりから見ると自分にないものを持っている憧れの対象である。桃真との向き合い方は太一と二葉は真逆だった。太一は自分を守るために距離をおいたのに対し、二葉は自分を変えるために近づいた。受動的な太一は二葉に巻き込まれる形で桃真と関わっていく。

青のフラッグは凡人・太一の物語であり、桃真は親友の超人として描かれる。

この物語は太一と二葉(とマミ)の心情描写はあれど、桃真と真澄については基本的に彼らが口にする以外の心情は表現されない。繊細で機敏な心の変化や大きな出来事に直面した際の決断の過程は表情と間だけで読み解く必要がある。この漫画、リズムを損なわない「間」の使い方が絶妙なのだ。

 

 

「好きになった理由を考えるのはいつだって好きになった後だ」

桃真の気持ちが知れ渡った第7巻48話、数少ない彼の回想が入る。太一の回想にもあった小学校のころからの記憶だ。桃真は、教室で迷路を書いていた太一に声をかけるところから思い出す。続いて次の記憶ではバトエンブームに乗れない太一の姿と、バトエンを自作していた太一の姿を見ている。桃真は自作バトエンを見つけるや「それ何スッゲェ!」目を輝かせて「会ってきた人の中でいっちゃんすげー人」と感動する。この感動が桃真の人生に大きな衝撃を与えたことは間違いない。

 

二人はやがて桃真の兄貴を含めた家族ぐるみの仲となる。が、両親を事故で亡くす。桃真の視点でみる兄貴の背中はとても小さくなっていた。少しでも役に立ちたい、そんな気持ちから兄貴に代わって洗濯機をまわす家事をするもうまくいかずに怒られてしまう。明希子さんが面倒をみてくれ、兄貴は六法全書を処分し弁護士の夢を諦めた。二人が結婚することで桃真は自分が邪魔になるんじゃないかと不安になって家を飛び出した。行き先は太一のところだった。その頃には桃真が不安を打ち明けられるのは家族でなく太一になっていた。

 

太一は連れ戻そうとやってきた兄貴をはねのけ、手を取って一緒に逃げてくれた。

桃真はこの出来事を「空っぽになりそうで怖くて仕方がなかった」「でも太一手を取っててくれたから(ふんばれた)」と病室で太一に語っている。加えて回想では「単純に嬉しくて、なぜか恥ずかしくて苦しくなって、手を離したくない」と一歩踏み込んだ気持ちを独白している。この気持ちは太一には伝えておらず、桃真の胸のうちの秘密だ。

好きになった後に、好きの理由を考える。太一はあの時から桃真の不安と孤独を救ったヒーローであった。

 

 

太一に隣にいてほしかった。隣で笑ってほしかった。

それなのに、ある頃から太一は隣で笑わなくなった。太一は完璧な桃真と一緒にいることが辛かった、太一が好きな女性がずっと桃真を見ていたことに傷ついてしまっていた。

だけども桃真は自分から離れていく太一に気付かないフリをして優しい太一を離さない。離れていく心と繋ぎ止めたいエゴ。太一が桃真には見せなくなった笑顔を見るたびに、桃真が苦しい気持ちになっていったのがよくわかる。桃真はみんなと一緒に太一と笑い合いたいわけじゃない。あの頃のようにふたりで笑い合いたかった。ただそれだけ。

ここに、完璧超人のいい人桃真のさり気ないエゴが垣間見える。頭のいい桃真は、太一に対する気持ちは誰にも言ってはいけないと悟っていたはずだ。だから気持ちは口にしないままに、自分のために太一の隣を死守していた。

 太一と桃真は互いに胸のうちは話さなくなった。進路のことも悩みのことも。不安を口にできる相手だったはずなのに、気づいたときには、何も話さずどんどんと溝は深まってしまっていた。

 

 

「自由に生きたい」

4巻22話。桃真は太一に「自由に生きたい」と語っている。好きなことを好きなだけ好きって言えて、誰からも否定されないで、誰もキズ付けず誰にもキズ付けられない。それが桃真の夢だ。いままで好意を持ってくれた数々の女子をフリ、どれだけキズつけてきたか、太一への思いを封印し、どれだけキズついてきたか。桃真はそんな世界からの開放を願っていた。

 

太一には好きなことをしろよ、と言われ、二葉にはどんな人間になりたいのか聞かれて桃真は困惑をする。他の誰かから見た桃真は理想のひとであっても、本人は自分の無力さを呪い自己否定を繰り返し、ただひたすらに自由を求めていた。自分でない他のだれかであれば自由だと信じ、自分が別の自分に変わることなんて考えたこともなかった。

 

8巻で二葉は桃真に「私の大好きな人達が笑ってて幸せでって願っている。」と吐露する。桃真は少し切ない表情をしつつも二葉の意見に同意をした。桃真は太一の幸せを願っている。その幸せには太一の隣にいるのは自分じゃないと認めてしまったのではないか。桃真は二葉は同じ気持ちなのに、好きな人が笑顔でいるためには身を引く覚悟をせざるを得なかった。

その後桃真は太一と二葉に告げないままひとり遠くに就職した。追いかけた太一は「自分が願う幸せには一緒に二葉がいて、親友として桃真がいる」と告白した。桃真は勘違いしていた。桃真の思う太一の幸せには自分はいなかった、でも太一の思う自分の幸せには桃真がいる。ふたりの幸せは違うものだった。

「オレ一人で考えても結局オレの考えなだけだったから、ちゃんと話そう」この太一の言葉に桃真はどれだけ救われただろうか。これまで桃真は決して自分のことを話してこなかった。話してもいいんだ、という心持ちはこれまでの重荷をグッと楽にしたことだろう。自分の気持ちを話す「自由」。桃真がずっと求めていたものを手にした瞬間だ。

 

 

「 オレの気持ちも知らないでさ」

8巻49話、桃真と二葉の会話から。桃真は太一の思惑に気づいていた。桃真と二葉がくっつくように仕向けられていることを気づいていて、二葉の気持ちにも気づいていた。桃真は自分のエゴで気づかないふりをしていた。気づいている自分と気づかないふりをする自分、そして気づいていない周りの人達。自分は気づいているのに、周りには気づいてもらえないことにストレスをためて苦しんでいた桃真。でも、周りの人は本当に気づいていなかったのか、それとも桃真と同様に気づかないふりをしているのか。

 

みんなそれぞれの悩みはある。僕らは相手の悩みを聞けば、それがツライ・きついことが「わかる」と気軽に共感する。だが作中ではマミが真澄に対して「(気持ち)わかる」と放ったのに対して「解るわけないでしょ」と反論した。

ここで、マミの「わかる」という語に対して真澄にはあえて「解る」という漢字を当てていることに気づいた。

調べてみると「解る」とは、「物事の意味・内容・価値などを理解できる」という意味を内包しているらしい。

真澄はさらに「一緒にしないで」「言えない人間の気持ちなんて解かんないでしょ」と畳み掛ける。マミは「わかろうとしてないのはアンタ(真澄)じゃん」「わからせる気もねぇくせに」と語り、最後には「気付きたかった」「わかりたい」という気持ちを打ち明けた。真澄は理解を求めた。しかし理解させる気がないことを言われてしまう。

 

桃真の兄も「てめぇからは何も話さねぇくせに解ってくださいってか?」「アレは何を考えている」と言っている。

僕らは、相手に話さなければ理解が出来ないのだ。相手が理解してくれるとは限らない。むしろ相手の理解を得られないかもしれない。それでもコミュニケーションを取り続けることが大切だ。人間は相手の気持ちを推し量れることが他の動物より優れているのだから。

誰かに語らないままだと、自分の気持ちは脳内で堂々巡りをする。そして自分の中で問題が大きくなり、問題そのものが大きくなりすぎてしまう。

自分の中で自分だけで完結させた答えは、それが最善だと思いこむ。しかし、誰かを頼り、思いを吐き出すだけでも新しい価値観が入り込み、より生きやすい、最善の道を選べるかもしれない。

真澄も桃真も自分の問題を肥大化しすぎた。自分の内側ばかり見ずに、視野を広げて周囲を眺めてみるといい。周りには「解りたい」と思っていたり、解ってくれる大人や友人もいる。理想論であるが、自分の中に閉じ込めておかずに互いに気持ちを伝えあって少しずつ歩み寄ることが大切なのだと、僕は思う。

 

 

結末と賛否

そんな甘酸っぱくて濃厚な高3を過ごした桃真ら。そして太一は二葉と別れた。

最終話の一人称視点はすっかり騙された。いま読み返してみても、二葉からの結婚式の案内を受け取る太一のカットで終わり、誰かの一人称視点で最終話が始まる。参列者として「一ノ瀬」と記名しているカットもある。読者としては太一視点だと思わざるを得ない。これは作者の狙い通りだったんだろう。

 

そして、最終話に太一と桃真が一緒になったエンドは波紋を呼んだ。ざっくりとその賛否を見てみた個人的なイメージでは、主に男性が否定的、女性は肯定的な意見をもっているようにみえる。

肯定的な意見ではハッピーエンド主義で、それまで報われそうもなかった桃真がついに結ばれたことを祝福している。どちらかいえば桃真の気持ちに寄り添う意見だ。

否定的な意見では過程重視な人が多く、ストレート男性であったはずの太一が桃真と交際・結婚する描写がまるっとカットされていることに納得がいかないようだ。つまりは太一の気持ちに寄り添えないことにモヤっとしたのだろう。おそらくであるが、読者が「青のラッグ」を誰に重きをおいて読んでいたのかが、この賛否の分かれ目だったのではないだろうか。

 

冒頭でも書いたとおり、「青のフラッグ」そのものは太一を主人公においた物語だ。だから普通であれば太一の動向や気持ちを追うような読み方になる。最終回直前、太一は桃真に対し「親友として」隣に桃真がいる未来を願っていた。それなのに、未来ではお揃いの指輪をして同じ部屋に帰る、親友とは違う関係性となった生活をしていた。この突然の描写に「親友としての桃真を願ったんじゃないんかい」と、ツッコミを入れたくもなる。高3の太一が一生懸命悩んだ答えを、無神経にコロッとひっくり返されたような、一番デリケートで描写が難しい葛藤の部分を作者が放棄してしまったかのような、それくらいにとってつけた風にふたりを結びつけたように見えてしまうのだ。これまで時間をかけて形成した太一の芯の部分がぶれてしまったその経緯が見えないままに、桃真の思いが通じたことは手放しでは喜べない、というのが僕の本音だ。

それまでの描写が丁寧だっただけに、その「唐突感」だけが残念でならない。

 

 

とはいえ、(言葉にしていない分多少ぼかされてはいるが、)どちらともとれる曖昧な関係で終わらせるのではなく、二人の関係にきちんと決着をつけた点は評価できる。

 

「青のフラッグ」が繊細で苦しい、胸に刺さる名作であることは間違いない。

 

 

ugatak514.hateblo.jp 

青のフラッグ 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

青のフラッグ 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

  • 作者:KAITO
  • 発売日: 2017/04/04
  • メディア: Kindle