ゆうがたヒーロー

日曜の朝でなくても誰だってヒーローに憧れてる

感想『機界戦隊ゼンカイジャー』第7話 ゴーカイゴールドやディエンド参戦?もうコレスーパー戦隊大戦じゃん。

機界戦隊ゼンカイジャー主題歌 [通常盤]

 

機界戦隊ゼンカイジャー!第7話

タイトル入力時ナチュラルにマシン戦隊で漢字変換していた。機械もマシンも似たようなものだけども笑

 

 

謎の美少年ステイシーとその後

前回のゴミ回でチラっと現れた謎の美少年ステイシー。軍隊長バラシタラの息子であることは明らかであったが、今回人間との関連性が示唆された。

ガオーンが丈夫なキカイノイドと、か弱い人間を区別していることに絡めて物語を回していく緻密さはさすが香村先生だな、と思った。

ありがち(?)な展開としてはカイトと母親が同じの異父兄弟。うん、キバだな。

実はイジルデが生み出した人造人間、ってのも面白いと思うんだけどイジルデの息子じゃなくてバラシタラの息子なんだよな。そうなるとイジルデの発明品の説はなくなりそう。

ステイシーは捨て石っぽいし、トジテンドの捨て石にされて退場するのも良し、捨て石回避で光堕ちで味方化するのも良し。バラシタラは特に愛情がないみたいなので容赦なくボロ雑巾のように扱って捨ててほしい。あ、バラシタラ「を」捨て石に利用する冷徹さをみせるのもありだな。ステイシー、いくらでも美味しい調理ができる、捨てるところのない設定・ネーミングで素晴らしい。心が躍るぜ。

ディエンドというべきかバスコというべきか、召喚能力は味方にはしておけなさそうだけども、敵としては凶悪。数の暴力はそれだけで脅威だ。

 

 

ゴーカイゴールド!?ツーカイザー?白倉氏の策略

ステイシーの存在も注目なんだけども、それ以上に今回の目玉は過去戦隊のお祭り騒ぎでしょう。アニバーサリー作品として銘打つ以上は避けては通れない。

あくまでも戦隊そのものは平行世界の話しであって、ゼンカイジャーはモチーフの能力バトルに徹するのかと思いきや、早くも過去戦隊もロボも放出する全力全開っぷり。

おそらくプロデューサーの白倉氏は知っている。ギアの能力だけでアニバーサリーを1年乗り切ることは不可能だということを。遅かれ早かれ過去戦隊やロボを出演させる必要があることも。そして、それだけだとゴーカイジャーやディケイド・ジオウと何ら変わりのない作品になってしまう危機感もある。だから彼は早いうちに過去戦隊やロボを投入した。こうして特オタや世間の目を引きつつ、ビッグサプライズを仕掛けてくるはずだ。過去の栄光はきちんと利用しつつも、栄光を踏み台にしてでも目新しい・面白さを追求しようとするのが彼のすごいところである。OPに「消しゴム!消しゴム!」っていう謎の音声を忍ばせてゴレンジャーボール・消しゴムアタックでとどめを刺すあたり、なんてことのないただの撃破シーンをリフレイン効果で印象を強めてくる。当たり前にSNSで盛り上がってトレンド入りしちゃうのは、僕らが彼の手のひらで踊らされているに過ぎない。

 

そんな彼は矢継ぎ早に新情報・新設定を盛り込んでお祭りを演出する。予告に現れたどう見ても「ゴーカイゴールド」である「ツーカイザー」(すでにややこしい)が実は公式ゴーカイジャーの追加戦士とか言われても驚かない。「オレ、平行世界でスーパー戦隊の大いなる力を集めてました!伊狩鎧先輩やマッハルコン先輩とはぐれて、なんかノリでこっちの世界に紛れちゃいました。」とかゴーカイジャーのその後を匂わせるだけで勝手に盛り上がれる自信がある。あれくらい振り切ったスーツ改造戦士なら1クール限定ヒーローでそのままゴーカイジャー世界に帰るとかだと楽しいな。

ジオウにおけるディケイド組戦力の増強くらいに、ゴーカイジャー戦力が増強されるみたいな。ひたすらこの妄想だけで飯が食える。

 

 

スーパー戦隊パーティ

ジュランらキカイノイド組のモチーフ戦隊との対決はド派手だった。マジレッドにボクシングをさせていたネタの細かさに制作の戦隊愛を感じる。まぁ、ただ敵の人数が多すぎたね。いちどに2〜3戦隊分を相手にするのはリンチ状態になって見ていてつらいものがある。応援していたヒーローが悪の手先になって物語もなくあっさり消えていく演出が好みじゃないひとがいるのもだんだん分かってきた。好きだったヒーローに出てきてほしい反面、再生怪人ばりに合戦時のただの頭数になっちゃうのは虚しいよね。(一時期の春映画を思い出しながら)

設定として冬の短編映画後の時系列になったため、カイトらはスーパー戦隊の存在を知っているし先輩として敬意を払っているのがいいね。1話のようななんとなくジュウオウジャー、なんとなくニンニンジャーではなく、「逃げるならカクレンジャー」「ゴミバスターズとゴーバスターズの言葉遊び」ができるくらいには戦隊について見識が深まっているように見える。何を隠そう、一般人は戦隊の区別がつかないらしい。今回ゴレンジャーをすぐに認知したあたりから戦隊に関する知識が身についていることが分かるね。

というかゴーカイのときからそうだけど、カクレンジャーって逃亡に便利だよな。。。

 

第7話は目玉が多くて語ることもいっぱいだ。

さらにロボ戦まで!召喚シーンが販売されていた外箱から出てくるのに感動した。その演出は考えつかなかった。視聴者はメタ視点で楽しめるけど、ゼンカイジャーとしては別に違和感のない召喚シーンだった。過去の遺物の再生感があって最高!

それに改めてガオキングとマジキングは本当にデザインが好き。かっこいいと思った。さらに必殺技バンクまでみれるの嬉しいし、セッチャンが解説してくれるのとっても親切。

 

ギアトリンガーを巨大戦のバズーカとして採用するのも考えてあるなーと、感心した。

戦隊バズーカは古くは各固有武器の合体(みんなの力を合わせる象徴)であった。しかし、武器合体は記憶ではトッキュウジャーが最後じゃなかったかな。

最近は単体武器としてジュウオウジャーのホエールチェンジガンやルパンレンジャーのルパンマグナム、パトレンジャーがVSビーグルでの一撃ストライクでも使われている。時代の流れか固有武器が減って共通武器の販促がメインになり、個別武器としてバズーカを売ってきた。

一方、変身アイテム兼戦闘武器だったキョウリュウジャーのガブリボルバーはよく売れたらしい。変身時にも使うしアクション時にも使うから使用頻度として腐りにくい。ルパパトのVSチェンジャーやゼンカイジャーのギアトリンガー、考え方としては忍者一番刀やリュウソウケンも同じ使い方だ。

そんな、変身アイテム&戦闘武器をさらに巨大戦での必殺技に活用するのはギアトリンガーにこれでもかと付加価値を与えてくれる。ずっと出ずっぱりの武器があることはそれだけ子どもたちにとって遊びの機会を増やすことになる。これはいい販促演出なんじゃないかなと思った。

 

ゼンカイジャーは巨大戦に力を入れる戦隊だと思っていた。しかし、もしかするとこれは勘違いだったのかもしれない。ゼンカイジャーが目指すところは等身戦も巨大戦の垣根を壊していくことなのではないか。今日の巨大戦はジュランらのスーツが非常によく動いていて、カメラワークにも巨大戦っぽくない演出も見られた。

まだまだ7話。ようやく面白くなってきそうだ。

 

 

 

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感想『QRコードの奇跡ーモノづくり集団の発想逆転が革新を生んだ』

QRコードの奇跡―モノづくり集団の発想転換が革新を生んだ

 

QRコードの奇跡ーモノづくり集団の発想逆転が革新を生んだ』小川進 東洋経済新報社 2020

 

 

最近はスマホ決済でもおなじみのQRコード。アリペイが当たり前の中国ではもはや、QRコードが存在しない世界が想像できないくらいに普及している。

このQRコードが日本発の技術だということはあまり知られていない(常識かもしれない)

このQRコードはどのように生まれて、どうやって世界に羽ばたいていったのかが時系列でわかるのが本書である。

 

 

バーコードとQRコードの誕生

開発はトヨタ系列のデンソーデンソーウェーブ)だ。元々トヨタ自動車の電装部分を担っていた。そんなデンソートヨタ自動車の「カンバン方式」を導入することから話は始まる。トヨタが部品を使った分だけデンソーへ部品の発注が行われる効率システムだ。このカンバンを導入したことによってデンソーサイドで処理が多くなり作業効率がわるくなってしまった。トヨタはカンバンと受領書を渡すだけなのに対して、デンソーでは納品書・受領書を作成し検品作業が必要だ。更にカンバンが回れば回るほど納品回数が増えてしまい、作業が雪だるま式に膨大になる。こういった状況を打破する必要があったのだ。

トヨタは、かんばんをこちらに渡すだけ。こちらは、そのために検品や伝票の起票といった膨大な作業が発生する。トヨタではなく、デンソーが「かんばん」の情報化、バーコード化を考えるようになったのは、そういう事情があったからではないでしょうか』

 

「カンバンの処理が大変だ」そう思えば人手を増やしたり、なにか効率化できる工夫をしたりルールを整備したりするのが一般的だ。デンソーではカンバンを情報と捉えてバーコードに情報を集約できないか、と考えたことが画期的だ。

苦労してバーコード式カンバンができたあとはトヨタで使用してもらえるように粘り強く交渉し、あらゆる不具合に対する保守点検サービスを拡充する。やがてセブンイレブンとのレジや検品をバーコード化することで、工場のみならず一般社会にも普及していった。

ものを買うとき、小さい頃から当たり前にバーコードを活用したレジを通していた。この光景がわりかし最近のものだと知ったのは衝撃だった。ついでに採用したセブンイレブンもさすが先見の目を持ってる。

 

しかし、世の中の情報化社会が目覚ましい。あっという間にバーコードでのかんばん管理が難しくなった。様々な情報を追加しようにも、桁数が足りなくなった。そのため、読み取るバーコードそのものの数を増やしていった。すると、スキャンの数が増えて手間が増えてしまったのだ。

普通はここでバーコードを活用したスキャンの効率化するためのアイディアを考えがちだ。でも先人の開発したバーコードを完全に一新した、より進化させる別のコードを作るという選択をしたのはすごい。環境によっては「先人の努力を無駄にするのか」と反対されてもおかしくない。そういったことがないのは、よりよいモノを生み出すことに肯定的な技術メーカーならではの思考だと思う。

 

 

社会性とイノベーション

『われわれはなぜ嘘つきで自意識過剰でお人好しなのか 進化心理学で読み解く、人類の驚くべき戦略』(William von Hippel ハーパーコリンズ・ジャパン 2019) によると

「人間は生まれつき社会性を持っていて、そうした社会性が新たな製品発明の邪魔をしている。ただし社会性は発明品を広く他者に伝え、多くの人が利用・改善するのに貢献している。」という。

この本の中で筆者はスーツケースに車輪をつけるというイノベーションの例をあげた。

車輪付きのスーツケースが一般的でなかった頃には、重たいスーツケースを引きずりながら運ぶか、空港のポーターにお金を支払い荷物を運んでもらうかであった。我々は社会的であるがゆえに、熟練した人間の手作業によって問題を解決させがちだ。どんな不便で大変なことも「対価を支払って負担を別の人物に押し付ける」ことで社会は成立していたのだ。これは人間の柔軟性の賜物であるのと同時に、新しいものを生み出す障害である。

 

話を戻すと、バーコードもQRコードも、人が作業を熟練させていけば短時間で処理が可能になる。さらに手順を明確化してルールを整備し分業すればより容易になり時短ができる。しかし、そうした人間の能力と社会性に頼らず、新しい規格を生み出したことそのものに大きな価値があるのだと僕は信じている。

さらにQRコードを世界統一規格にするために各国に働きかけた。技術者が自分たちだけが便利になればいいや、といった考えではなく、世界のグループ会社が使えるようにしなければならないという使命感をもっていたのが素晴らしい。先程の話ではないが、人間の社会性が発明品を広く他者に伝え、多くの人が利用・改善するのに貢献したのだ。

 

ちなみに、Netflixは極力ルールを排除している。あらゆるコントロールを排除して責任の対価として自由を与えている。ガチガチに固めた承認プロセスは時間がかかりすぎる上に責任の所在が曖昧になる。コントロール型のルール整備というのは我々の人間の持つ社会性の上に成り立っている。ルールを減らして自由な発想を解禁することでイノベーションが起こる可能性が高まっているのではないだろうか。

 

 

日本でイノベーションが起こりづらいと言われるのは、ガチガチにルールが決まっているからではないだろうか。それとも多くの会社ではピンチもマンパワーで切り抜けることが多かったからだろうか。そんな中生まれたQRコードは今や、物流はもちろん特定情報へのアクセスや日常生活での買い物に欠かせない代物になっている。めんどくさい作業があるときに作業フローを改善や力わざで解決するのではなく、まったく新しい規格を生み出すために頭をひねってみると、もしかしたらQRコードのようなイノベーションが起こるかもしれない。

 

 

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感想『仮面ライダーディケイドVSジオウ ディケイド館のデス・ゲーム』非難殺到も納得の炎上案件!おのれディケイド!と言われるのも納得の相変わらずの世界の破壊者。噂通りあまりに雑すぎて逆におもしろい。

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「ディケイド館のデス・ゲーム」

あぁ、ディケイドだなぁ。噂通りひっどい出来で変な笑いが出た。

いや、どっからツッコめばいいんだろ。これ単体では全く意味をなさないし、ライダー好きを唸らせる仕掛けもないしびっくりするくらい中身がない。ファンサービスもない。いや、新作ができるだけでファンサービスだろうし、キャストだけはファンサービスだからいいんだけどさw

 

とりあえずソウゴはかわいいし、別次元でも王様になりたいらしい。

ソウゴって華奢な身体だし、背も高くないからバスケのイメージないんだけど、なんでバスケ少年設定にしたんだろ。別次元から寄せ集めてるからイメージと実物が乖離することもあるってことなんだろうか。・・・多分適当なだけだよね。

テラサ編ふくめたソウゴ七変化を愛でるサービス企画とでも思えばいいのか?笑

 それとも士が世界を回るたびに衣装チェンジしていたから、ソウゴでもそういう遊びをしてみたかったのか?

 

 

さて、酷でもいいからなにか書き記そうかとおもったけど、マジで書くことがないな。

とはいえ、士は常に世界を旅しているからどんなストーリーを展開されても「ディケイドだなぁ」ってなるのは、さすが。マジで便利だよ、ディケイドという破壊的コンテンツ

いっそのこと、宇宙忍者とか幽霊とか中途半端な設定をせずにイマジンに取り憑かれているとかワームとかグリードの寄生宿主とか、そんなような設定にしちゃえばよかったんじゃない?たぶん収集つかないけどこの作品は端から収集つける気ないし、実は怪人大決戦でしたのほうがディケイドっぽい。バトルファイトのようなものをしてると思えばいいじゃんかw

 

 

よくわからないけど真実のソウゴによるオーマジオウとの戦いでディエンド&キバーラ&クウガが出てきたのはよかった。予告で見たことがすべてだけど。

本当に心からディケイドを愛していた人は期待していたんだろうな、このメンツが揃う文脈を。だけどもディケイドには物語がない。すなわち文脈も何もないのだ。そういった部分が完全にディケイドでしかない。

めちゃくちゃ雑に召喚されてなんとなく戦う。これがディケイド主体作品によるオールライダーの宿命だ。小野寺クウガが見れると心躍った視聴者よ、これがディケイドということを忘れてはいけない。

 

どうやらテラサの「仮面ライダージオウVSディケイド」に続く物語ということで、期待しない程度でいつかそっちも見てみたい。ディケイドは信用できないけどジオウはある程度信用してもいいよね・・・?

 

ていうか、デスゲームに巻き込まれた一般人、普通に可愛そうだ…

 

 

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感想『手裏剣戦隊ニンニンジャー』忍びの7.春のニンジャ祭り!カクレンジャーとハリケンジャー参戦!

手裏剣戦隊ニンニンジャー ファイナルライブツアー2016

 

スーパー戦隊45作品記念、『機界戦隊ゼンカイジャー』。あのジオウディケイド電王を生み出した白倉氏がプロデューサーする戦隊作品。ゴーカイジャーから10年か・・。ときの流れってすごいわ。

 

ゴーカイジャーやゼンカイジャーはアニバーサリーヒーローだからワクワクするけども、ここ10年は時々不意打ちコラボがある。古参のオタクはこういうコラボ回は大好物だ。

と、いうわけで今回は『手裏剣戦隊ニンニンジャー』と『忍風戦隊ハリケンジャー』『忍者戦隊カクレンジャー』のコラボについて語ろうと思う。

 

 

ニンニンジャー本編の縦糸

そもそも第7話は単発で見てもおもしろい。強敵に歯が立たなかったことから一層修行に励む場面からはじまる。この修行の特別講師としてニンジャレッドのサスケとハリケンレッドの鷹介が現れる。

このシナリオ運びはシンプルながら理にかなっている。敗戦からの特訓回は新しい必殺技や武器、ロボット登場に使われることが多いけども、こうやって先輩に教えをもらう素直な特訓というのもありだよね。

また、シロニンジャーの風花が前回兄に助けられたお礼をいうか言わないか、という彼女の気持ちの成長エピソードにもなっている。一度は素直に気持ちを言うことができなかった風花だけども、兄が死んだと聞いたことから思いを伝えることの大切さを学ぶ。

 

今回の敵怪人がネコマタだ。時計(ウォッチ)に猫の妖怪で笑い方は「ゲラゲラゲラ」。元々この2015年時点で妖怪を敵に添えようと企画してる時点でわかるけど、それ以上にドストレートなパロディをやるとはね。さすが東映。そのくせ時間操作とか厄介な能力を持った妖怪っていうのがひどい。やはりこういうバケネコは強い。

しかも、この後も手を変え品を変えて何度も登場する。バケネコを何度も使いたかったんだろうか笑

 

 

春のニンジャ祭り

ニンニンジャーが発表されたときから「お、また忍者か」と思っていた。昔であれば「ネタ切れかよ」なんて思ったかもしれないが、恐竜や忍者は子供に受けることから、子供が一巡する6〜10年周期で似た、あるいは同一コンセプトの戦隊が誕生するのも納得だ。ニンニンジャー発表時点でも「カクレンジャーとコラボとかしないかなぁ」なんて淡い期待をしていたものだ。まさか本当にしてもらえるなんて思っても見なかった。

 

ゴーカイジャーでは本人変身で宇宙忍者の生き残りと戦ったハリケンジャー、鶴姫が一瞬出ただけであとはニンジャマンとの総集編となってしまったカクレンジャー。個人的にはカクレンジャーの扱いはちょっと残念だった。(サスケはヒュウガで出てるし、映画もセリフ付き、封印の壺の伏線を含めると話数が多く全般的には優遇されてるともいえるけど)

今回はどちらかといえばカクレンジャー贔屓のコラボで満足度が高い。サスケの忍者装束が古風な忍者って感じでスタイリッシュな鷹介や天晴より貫禄がある。BGMもカクレンジャーの音をふんだんに使ってくれるしアメコミ風の特殊SEも採用、戦闘も分け身の術・火炎の術に満月切りとまさにカクレンジャー!だった。

ゴーカイでもこういうのが欲しかったんだよね笑

 

ハリケンジャーも「影の舞」や宇宙統一忍者流奥義を使ったり、短い時間できっちりとハリケンジャーの色を出していた。「影の舞」はゼンカイジャーでも早速活躍してくれたし、強力必殺技としての地位がすごい。にしても「影の舞」、ほとんど破られない強力な忍術なんだけどこれを破るネコマタってバスコレベルの力を秘めているのではないだろうか。。

ハリケンレッドといえば空駆けだけども、難易度高い技なんだね。ニンジャレッドの分け身の術もそうだけど、既存のヒーローが当たり前にしている技を新米ヒーローが「難しいよぉ」ってしてるのは面白い。先輩ふたりとも落ちこぼれ的な存在だったはずなのに、立派になったものだ。

 

忍者系ヒーローは流派や世代が違ってもつながりが深いことがわかった。

過去に現れたネコマタにカクレンジャーハリケンジャーが共闘していたって設定でもう熱い。ちょっと映画っぽいし

 

竹本監督の影響かな。すごく戦隊愛が伝わるいいコラボ回であった。 

 

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感想『機界戦隊ゼンカイジャー』第5話。蛮族リュウソウジャーは暴力の象徴として召喚されたのか?リュウソウケン

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機界戦隊ゼンカイジャー、仲間が揃ってようやく本格稼働開始!事実上の第1話だ。

・・・とおもいきや、相変わらずのゼンカイジャーだった。

こういう困ったときのパワーワード「ケボーン」や「ブレイブ」みたいな概念がないのが非常に惜しい。とりあえず言っとけ感あるワードがあればSNSで盛り上がりそうなのに。

 

とにかく、どんな世界観なのかわからんが「寿司」世界の能力を発動されたゼンカイジャー御一行。

なんか握られる→キュウレンパワーでラッキーに抜け出す→リュウソウパワーでぶっ壊す

・・・雑だ。展開だけ書いてしまうとおそろしく雑だ。まぁ、もともと特撮のエピソード単体を抜き出してしまうことがナンセンスなんだけども。

そもそもなんだ「スシトピア」って。どんな世界なんだよ。寿司が生命を宿して活動してるのか?魚や米はどうなんだ?くそ、好奇心がブルンブルンで思う壺じゃねーか。

寿司つながり・「和」つながりでシンケンパワーを使ってくれてもよかったんだぜ?シンケンジャーのちからはきっと烈火大斬刀だからリュウソウケンでの対応と同じことができるよ!寿司レーンを破壊するために呼ばれるシンケンジャーのちからってシュールでいいと思う。

 

ちまた(Twitter)では「リュウソウジャーの能力をつかって力技で営業を止めるのが実に蛮族らしくていい」と謎に好評を得ている。リュウソウジャーって騎士をテーマにしていたからリュウソウケンをかっこよく映していたのも印象的。だから、リュウソウパワーを使ったときに「リュウソウケンを活用した必殺技」が発動するのは必然だった。僕の場合は「蛮族だから」リュウソウケンでボコボコにした、という表現とは認識が異なる。

センタイギアを使ったら「影の舞を発動した」、「ゴーグルファイブのリボンが出現した」、「ダイレンロッドが出現した」。同様のノリで「リュウソウケンが出現した」に過ぎない。なんとなく眺めている限り、「特定の問題を打破するために適切なセンタイギアを活用する」という作劇ではない。センタイギアをつかったことでうまく問題を打開できた、という印象のほうが強い。

したがって、脚本意図として「寿司屋の暴走を止めるため、暴力の化身リュウソウジャーのちからで解決させよう」とものではないんじゃないかな。前述の通り烈火大斬刀でもいいわけだし、破壊できればなんでもよかったのだから。意図的に近年の戦隊を積極的に出している印象があるからリュウソウジャーが選定されたに過ぎない。

そこまで精密に過去戦隊の能力を物語に組み込むのは難しい、であればはじめから関連能力縛りを解いてしまったほうが展開の幅が広がって話がおもしろくなると思う。それが今回はたまたまリュウソウジャーだっただけだ。リュウソウジャーは蛮族であるけど、蛮族だから選出されたのではない、と信じている。

 

 

 

 

 

 

いや、今回キュウレンジャーのちからは、問題解決のために狙ってラッキー起こしてたわ。てことはリュウソウジャーの暴力も狙っていた可能性も???

(そもそもラッキーは個人の運であってキュウレンジャーの象徴スキルでよかったのか…)

 

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感想『映画 騙し絵の牙』騙される楽しさよりも仕事に対する様々な考えがおもしろかった

騙し絵の牙 (角川文庫)

 

大泉洋は騙されることが似合う

しかし立場が逆転するとき、僕たちはその男の末恐ろしさを実感する。

 

 

本書は原作者が大泉洋をイメージしながら大泉洋を研究観察して完成したという。

そのため、当然主演は大泉洋

騙されることが似合うこの男、嘘くさい笑顔に日本中が騙される。

 

映画は原作を分解して再構築してあるらしい。原作を知らない者としては、正直嬉しい限りだ。僕の場合、映画から原作に入ると、どうしても映像をなぞった印象が拭えず、文字ならではの表現や感性を味わいにくくなってしまう。原作を楽しむ機会がまだ残されているのはありがたい。とはいえ、再構築は一種の賭けだ。やりようや内容によっては原作ファンを怒らせることだってある。つまり、忠実に再現することよりも遥かにハードルがあがってしまうのだ。

 

知っている原作が映画化する場合、あの場面はどう表現するのだろう、とワクワクしながら映像を楽しむことができる。漫画の実写化の場合は、すでに画がイメージできているのでそれに忠実であれば満足できるが、世界観をうまく構築できていないと感じてしまうと、とたんに映画そのものが陳腐に見えてしまう。

アニメ化or実写化や映画化はその原作を知らない人への営業販促活動なのだが、どうしても原作ファンのほうが期待をしてしまう。この需要と供給のアンマッチはなかなか難しい。

 

 

意味不明な前置きが長くなってしまったが、この映画の感想は「まぁまぁおもしろい」「そこそこ楽しめた」となる。

大泉洋演じる速水が、見ている観客さえも「あっ」と騙すような仕掛けがあるのかと期待しすぎた面は否めない。

 

どちらかといえば、お仕事系映画としての楽しむことが出来た。

苦境に立たされる出版業界。「伝統」ある文芸作品が赤字を垂れ流す。その一方で個性を集めた面白い雑誌で社をもり立てていくサクセスストーリーは見ていて痛快だった。

広告費と売上を天秤にかけ、モラルギリギリを攻める商業主義は格式や伝統に重きを置く文芸部にプレッシャーを与えていく。それぞれが相手を出し抜くような奇策で生き残りをかけて戦っていく。

 

お仕事系として特にイイなと思ったのは、現代社会に対するセリフの数々。

伝統を守ろうと思う者は「伝統は一度壊したら戻らない」という。

改革が必要だと思う者は「現代的にアップデートが必要だ」という。

どちらも一理あるし一方に寄ることは出来ない。

ただ決定的だったのは、「準備に5年もかけた肝いりのアイディア」に対する「おそすぎた」という感想。申し訳ないけどこれだけは真理だと思う。

インターネットの発達で、世界はどんどん処理速度を増している。昔であれば失敗しないように充分な用意をして挑むことが出来た企画は、今や用意をしているうちに時代は終わる。「走りながら考える」ことが求められ、その場その場での問題をレスポンス良く処理していかないといけない世の中になっていると思う。

たしかに、土地を扱ったり建物を立てたりするのには時間がかかる。だからといって着手まで5年もかけているようなスピード感ではあまりにも現代の感覚から乖離してしまっている。

 

「守ることよりも攻めるほうが楽しい」

失敗をしてはいけない空気感であると、絶対に出てこない言葉だ。積極的にチャレンジして大損する前に見切りをつける。スピードを意識しながらどんどん挑戦的な仕事をしていきたい。

 

 

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感想『機界戦隊ゼンカイジャー』悪の組織の掃除係がゼンカイジャーに合流。掃除人ブルー放浪記

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ブルーン放浪記

機界戦隊ゼンカイジャー。ついに5人のメンバーが揃うこととなる。

好奇心旺盛なブルーンはキカイトピア世界について知りたくて、多くの情報が集約されているトジテンドに自ら飛び込んでいった。

しかし、期待とは裏腹に上司イジルデは何も新しい情報を与えてくれなかった。

「上司の命に従っていればいい」「下っ端は余計な情報を知らなくてもいい」多くの会社員は一度は聞いたことがあるであろうこの言葉は不信感しか与えない。

 

ついにブルーンはトジルギアで閉じ込めた世界が開放されていることに気づく。

それだけならまだしも、イジルデに問いかけてしまったことでトジテンドを追われる身になった。いわゆる「勘のいいガキは嫌いだよ」状態だ。

情報という財産を独占することで地位を優位にするタイプの組織。こういった組織は不都合な情報は隠蔽し情報源を排除することが正解とされる。イジルデはトジルギアの秘密を独占するために手を打ったのだ。

こうして好奇心旺盛な代わりにちょっと空気の読めないブルーンはゼンカイジャーと出会う。

 

ゼンカイジャーの面々、特にカイトは優しかった。子供のように「あれは何?」「これは?」という質問に対しても邪険に扱わずに丁寧に答えてくれる。そしてあらゆる情報を仕入れることができる図書館の存在を知る。ブルーンがこの世界を気に入るのは必然だ。たぶん、インターネットなんか知ってしまったら気持ちが高まりすぎて熱暴走・オーバーヒートするんじゃないか?笑

でも、好奇心で自ら新しいメカや武器をつくったり、自分を改造するようなこともやりそう。インターネットに接続して最適な情報を探せるようになるインテリジェンスパワーアップしたらおもしろそうだな。有機生物の恐竜・ライオンと特殊能力の魔法・メカそれぞれ違った方向性でパワーアップイベントなんかあってもいいかもしれない。

 

かくしてブルーンはイジルデの部下を辞め、戦う選択をする。

ゼンカイジャーに「悪の組織を追われた掃除係が仲間になった」初戦闘で「掃除は得意」と叫んだ。

部分的に切り取るとめちゃくちゃ有能で強そうな味方が増えたように聞こえる笑

実質の追加戦士枠だよ、この設定。さすが設定もりもりのゼンカイジャーだ。

 

このままイジルデとの因縁を引っ張って言ってほしい。最後にはブルーンの好奇心・探究心が勝利の鍵となってくれると最高だ。

 

スーパー戦隊とカラーリング

キラメイジャーでも書いたけど、戦隊における青の役割って本当に変わったな。リュウジとかノッさん、トカッチのイメージとダブる。メガネキャラブルーは絶対トカッチから輸入してると思うんだけどな〜。にしても純粋シンプルなクール系ブルーはまたしばらく現れないのかね。為朝が黄色かったのが悔やまれるけど、黄色の地位向上にこの上ない成果をあげてくれたから許そう。

色によるイメージの脱却。これを女性レッドやうざキャラブルーを配置したシンケンジャーからの東映の計画だとしたら10年以上かけて確実に成果を出しているものと思う。

キュウレンジャーで初めて女性グリーンを採用したり、トッキュウジャーで色を乗り換えたり、ゴーカイジャーで全員同じカラーリングになってみたり。少しずつではあるけれども新しい試みをしていることは確かだ。

固定概念にとらわれずにチャレンジしていく。ゼンカイジャーの主役が白なのもその挑戦のひとつだ。追加戦士は女性であると信じているが、その場合のカラーリングも楽しみである。

 

 

メンバーが揃ったところで物語が動き出すかと思ったけど、次回予告見たらそんなことはなかったぜ。

次回は寿司回!寿司回…??考えるな。感じろ。

 

 

 ↓戦隊ブルー考察記事

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感想『ゼロワンOthers 仮面ライダー滅亡迅雷』アークの意思を越え、滅は向かう

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つい、「仮面ライダー滅亡迅雷.net」って言いたくなる。netまで含めて滅亡迅雷なんだよなー笑

 

バルカン&バルキリーも発表された「ゼロワンOthersシリーズ」

Othersのロゴが「01」「here」を強調していて「ゼロワンは(いつも)ここにいるよ」というメッセージを感じ取ることができる。このロゴセンス好きだわ。

悪の組織側のスピンオフ・Vシネって珍しい気がする。エターナル以来?ゲンムも悪側ではあるのかな。

まぁ、滅亡迅雷.netはスピンオフできるよね。わかる。めちゃくちゃかっこいいもん!

 

イケメンパパ滅と、子供メンタルの迅と、成長していく暗殺ちゃん含めた3人パーティ時代から個性が際立っていた。特にイチオシは子供迅。子供に内在している無邪気さと残酷さがゼロワン1クール目を牽引していた。

 その後も無自覚に飛電のスパイとして働いていた雷や不破をつけねらう謎の男として鍵を握っていた亡を投入。ザイアの天津にヘイトを集中させつつ、ときに協力してときに敵対しながら呉越同舟でゼロワンの物語を引っ張り続けた。

そして、人類・ヒューマギア共通の敵としてひとの悪意・アークを打ち負かした。

厳密には或人と滅は悪意に打ち勝ったが、悪意はだれの心にも芽生えるものとして終幕する。最終回では滅と迅が悪意を感知してアークの芽を紡ぐ者として自分たちの役割をリニューアルして再出発している。

そんな悪意を見守る滅と迅の活躍は『劇場版 仮面ライダーゼロワン REAL X TIME』で見ることができる。

 

今回の『ゼロワンOthers 仮面ライダー滅亡迅雷』は劇場版のその後の世界である。

今作の最大の見どころは「滅亡迅雷.net」の同時変身。これが見れて本当によかった。それにやっぱり仮面ライダー亡かっこいいわ。

 

では、以後ネタバレありで感想を語っていこう。

 

 

 

 

 

 

 仮面ライダーゼロワンの物語はここに来て悪意・アークとの戦いから次のステージへ突入する。それは悪意による戦いではなく、正義と正義の戦いである。

暴走する正義。行き過ぎた正義感。これは悪意よりも強力な原動力になるという。或人や滅のような強いメンタルがあれば、悪意による負の連鎖を断ち切ることができる。正義はそれだけで正当性がある。常に正しい選択や判断を求められる現代に置いて「正しい」ことが正義なのだ。この正義の正当性をぶつけあう戦いが行き着く先は暴力だ。

 

 

武器商人:財団Xになれなかったザイア

ここに来て、いままでのゼロワン世界以上に現代社会の風刺的テーマを扱ってくるとは思っても見なかった。正直に言えばコードギアスのようなどちらの言い分も理解できる「正義VS正義」の展開は好みである。多くの人を扇動し能動的に戦いを駆り立てる分、悪意を植え付けるよりもエグくて笑う。

滅亡迅雷側はザイアに対して、「ヒューマギアの開放」を求める。ザイアがヒューマギアの意思を奪い、軍事兵器に利用することに憤ったからだ。

ザイア側は意識的に滅亡迅雷.netの正義感を煽る。ヒューマギア開放のため暴力に訴えることも織り込み済み。これを利用して絶対的な悪「滅亡迅雷.net」を作り上げて悪を排除するために軍事兵器としてのヒューマギアの必要性を訴える。

さすがヒューマギアを出汁として悪に仕立て上げ、ザイアスペックを売ろうとした会社。天津のやり方はザイアの企業文化に則った販促戦略だったことがわかる。

ちなみにゼロワンにメタルグラスホッパーの能力を与え、意気揚々と挑み敗北した天津。今回も滅亡迅雷.netに対して自分が制御できない大きな力を与えて、大敗する。これは人が変わってもやり方も全く同じなのがさすがザイアとしかいいようがない笑

 

というか、ザイアってヒューマギアに対抗してザイアスペックを販売してたよね。なにしれっと軍事用のヒューマギア開発・販売してるんだよ。迅ってザイアが修理したヒューマギアなんだけど、飛電製とシステム互換あるのか?それに本編ラストで意識は唯阿が復元してたけど壊れたボディを直したのはザイアなのかね。あと、ヒューマギアって「自動車」「テレビ」みたいな商品郡の一種なのかな。そうなると飛電インテリジェンスの商標じゃないことになる。そうなると飛電インテリジェンスはゼロワン世界においてヒューマギア事業の寡占企業となるし、ってことはザイアのような他社製のヒューマギアも存在することになるのか。よく考えてみれば突き詰めれば案外なぞが深い世界観だ。

 

 

滅亡迅雷.netの意思のままに

ゼロワン世界の設定の中で、どうしても納得できない設定。それはヒューマギアの人権問題だ。僕個人としてはAIもロボットも、「道具」である事実は覆しようがないと思っている。つまりこの考えは滅亡迅雷.netにとっては許されるものではない。抹殺される

だからどうしても「ヒューマギアの自由意志を認めないザイア」に対する怒りには共感できない。そもそも大半のヒューマギアはシンギュラリティに達さない。

シンギュラリティに達することこそ至高という迅の発想は、人間が自己成長を押し付けられるような息苦しさを感じる。

ザイア製のヒューマギアはゼアに接続するのとは違い集合合議システムによる決裁制を採用している。ヒューマギアに意思なんてものは認められない。

 

ヒューマギアの開放、自由への躍進が叫ばれている。しかし、自由というものはほんとうにいいことなのだろうか。自由でなんでもできることは逆に不自由になることもある。やりたいことを自由に選択できるようになったからこそ、何をやりたいのか悩むことになる。特定の役割をラーニングしたヒューマギアに、本当にやりたいことなんてあるのか。

 

 

なにはともあれ、滅亡迅雷.netはザイアに対抗して強大な力を手に入れた。

滅は不破に「大切な人を傷つけられたら許すのか」と問うた。不破は「許すわけない」と返す。これにより滅はひとつ吹っ切れて迅・亡・雷と合流してザイアとの決戦に臨む。このときの大切な人というのはヒューマギアの同志だったのだろうか。滅は許すことが正義なのかもしれないと悩んでいたのかもしれない。これが不破ではなく或人との問答であればまた違う答えになった可能性もある。かくしてザイアとの聖戦に足を踏み入れる。

 

その結果、滅亡迅雷.netは世間にとっての絶対的な「悪」の象徴として名を挙げてしまう。そのうえ滅亡迅雷.netの肉体を破壊し、暴走状態になったまま作品は幕を閉じた。

事実上のバッドエンドだ。

 

そのままバルカン&バルキリー編へ続く。「仮面ライダー滅亡迅雷」作品単体としては最悪の結末だ。こういう構成であるのならば前後編とはじめから銘打ってほしかったところはある。バルカン&バルキリーも宣伝したいのはわかるが、このやり方はどうなんだ。エグゼイド編みたいに最初からシリーズとして発表しておくか、ビルド編のように作品として独立した物語を展開するのが筋だ。本当に「滅亡迅雷」組が好きだった人にとっては声が出ないようなクライマックスだったに違いない。

 

滅亡迅雷.netの絆の深さやヒューマギアへの愛が仮面ライダー滅亡迅雷を生み出した。4人は自分たちの意思を越えた制御できない力を手にしてしまった。バルカン&バルキリーではどう締めくくるのか。このつづきは秋までお預けだ。ついに完結するゼロワンの物語、トゥルーエンディングとなってくれることを祈る。

 

 

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感想『窮鼠はチーズの夢を見る』話題の和製BL。ベッドの上での成田凌の演技力と大倉忠義の色気

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窮鼠とは「追い詰められて逃げ場を失ったねずみ」だそうです。

 

和製BLとタイトルにしたけれども、厳密にBLといえるのか。そもそも恋愛作品をBLとそうでないものとジャンル分けすることが間違っているのではないか、そう訴えかけるような作品だ。根底には「人を愛する」という共通のテーマを描いている。相手が同性だろうが異性だろうが、線を引いて区分けする必要なんてないのかもしれない。

 

 

さて、この映画のねずみはまさに主人公の大伴恭一だったと思う。

この大伴という男、流されやすくてかなりの悪い男だ。誰も傷つけたくないが自分が一番傷つきたくなくて周りに一番ダメージがあるような選択をしつづける。自分が傷つかない代償に誰かが傷を請け負っている。表面的な優しさなんて何も生み出さない。

 

恭一のお相手、今ケ瀬役は成田凌くん。『スマホを落としただけなのに』でも思ったけど成田凌って独特の色気というか演技力があるよね。丁寧語の「あなた」呼ばわりのストーカー気質、スマおとのキャラとちょっと被る。とにかく目で物を言う。言葉を発さなくても表情の付け方や細かな仕草が魅惑的に映る。

愛の重い粘着ストーカータイプで普通に怖い…。気を引きたくてわざとバレるように付け狙っているけど、探偵の仕事してるから普通に密偵スキルはあるはずだよね。

 

 

同性を愛したその先は 

考察や感想もまだ見てないし、純粋な感想だけども、最後なんで別れちゃったんだ?

見落としちゃったかな。婚約者が帰るやいなや今ヶ瀬を連れ込んで身体を重ねて、婚約者とは「明日に別れる」と話した。「恋愛でジタバタもがくことより大切なことがある。お互いそういう年だろ」っていう言葉が引っかかったのか、今ヶ瀬は朝には消えてしまう。(彼の心である灰皿を自らゴミ箱に捨てていった?)

大伴ははじめて有言実行して婚約者に別れを告げるも、今ヶ瀬にも別れを告げた。

ここらへんが全くわからんかった。今ヶ瀬はまだジタバタと恋愛していたかったのかな。愛して妬いて求めて突き放して、恭一とはまだずっとそういう恋愛をしていたくて、「恋愛の終了宣告」に乗れなかったのだろうか。

 

そもそも、この社会ではストレートを前提にして成り立っている。恭一のような元々ストレートである人物からしたら「恋愛」→「結婚」と段階を踏んで次のステージに進むのが一般的だ。しかし今ヶ瀬のような同性愛者には「結婚」というステージは与えられていない。同棲しようがパートナーシップを結ぼうがその先にあるものは結婚ではなく、恋愛の延長線でしかない。どんなに求めようが次のステージがない。恭一は結婚ができないことを腹を括ったつもりだが、求めていることはストレート社会の文化に則っている。今ヶ瀬はこれまでの人生でストレート社会との違いを嫌というほど実感してきたはずだ。そんな今ヶ瀬に、恭一がストレート文化をあてがって「恋愛はおしまい」と締めくくったことが、実質の別れと感じてしまったのかもしれない。

 

 

美しいビジュアルと空気感

それはそうとして、ところどころの「画」はよかった。

粘着同性愛男性に惹かれていく、流されやすいストレート男性。別れてもまたくっつく、互いの心を埋めていく存在になる。

でも今ヶ瀬は大伴が好きで好きで好きで好きで仕方ないけど、元々ストレート男性ということに不安が拭えない。ストレート男性にとってゲイ社会は鬼門。自分のものであってほしいけど、いつか女性のもとにいってしまうのではないか、「普通に」結婚するほうが幸せなんじゃないかと相手を思う。

成田くんはそこらへんの嫉妬と独占、憧れと諦めといった含みをもたせた目や表情を作るのが本当にうまい。

 

2人の退廃的で目の前だけしかみていないあの空気感が切なさを醸し出していた。

おっさんずラブ』『きのう何食べた』とは違う雰囲気で、ラブコメとも違う大人の恋愛物語だった。登場人物はそれぞれ思うことがあり、表向き口に出さずに、スマートな大人の対応をする。ときには自分のために誰かを傷つける。特にキャッツファイトのくだりは見ていてハラハラした。多分前半の見せ場だよね。

でもその後たたなかった虚しさと自己嫌悪がより一層彼への気持ちを高めるきっかけになる。男性の性行為ってのは相当メンタル依存しているからダメなときってのは本当にダメなんだよね。なのに不倫相手や今ヶ瀬とはできてしまうあたりが闇深い。

 

ビジュアル面については、二人ともいい身体してる。成田くんはゲイ役だけれどもいわゆるゴリゴリってわけでもないし、かと言って人形みたいな美少年ってわけでもない。無駄な脂肪もなくある意味で理想標準的な26歳だった。大倉くんも程よく引き締まってて、遊んでモテるサラリーマンって感じ。役柄上バキバキすぎると普通じゃないけども絵面を考えるとだらしなくあってはいけない、そのあたりのバランス感覚が程よかった。

そんな二人が互いに求め合うシーンは特に迫力がある。二人のプロ意識を感じられた。『娼年』の松坂桃李も迫力あったけど。『怒り』の妻夫木聡綾野剛もなかなかよかったな。いわゆる濡れ場ってどこまで映すか、どこまで生々しさを演出するかってのは役者と制作の気持ちによってだいぶ左右されるよ。ビジュアルだけの美しさに逃げずに描写してると映画全体のメリハリがついていい。

 

原作は少女漫画?(レディースコミック?) 話の展開はくっついて離れての繰り返しなのが、2時間の映画で何度か起きるのはちょっと構成がよくない。変に改変しちゃうと原作ファンが怒るんだろうけど、エピソードをもう少し絞ってくれると個人的に見やすかったかなぁ。あ、でも大伴先輩のフラフラ優柔不断っぷりを示すのは成功してたわ。恋愛映画はイチャイチャシーンを見てニヤニヤ楽しむものだと思っている。終始イチャイチャしてるだけだと映画にならないので、必ずトラブルやすれ違いを起こすのが鉄板ではある。そうなんだけど、イチャイチャが足りないよ〜。SEX以外の描写がもっとほしかった。耳かきと乳首当てゲームで充分だというのか。。求め過ぎなのか。。。

大伴先輩の愛がわかりづらいからかな。このちょっとした消化不良感は。

 

 

鼠がチーズを求めるのは当たり前。どんなに追い詰められて、袋の鼠になってしまっても、それでもチーズを夢見てしまう。恭一にとってのテーズとはなんだったんだろう。

 

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感想『機界戦隊ゼンカイジャー』第3話マジーヌ登場!幅が広がる巨大戦のロマンとこれまで

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1年ものの物語がおよそ45作品あるので個人の好みにハマるものもあれば、あまりはまらないものもある。それでいえば、キラメイジャーは何かしら僕のツボにハマっていた。ゼンカイジャーはまだ僕のツボを押してくれない…。おもしろくないとは言わないんだけど、まだ何が足りないんだ…

 

 

さて、マジーヌが仲間入りしたことで巨大戦の幅が広がった。今日の放送ではその合体ギミックを見せる演出が印象的だった。ゼンカイジャーに限らずここ最近の戦隊ものの特徴のひとつとして「巨大戦」へ力を入れているように思える。

もともと戦隊の売上主力玩具は変身アイテムではなく合体ロボットである。変身アイテウムが売上主力玩具である仮面ライダーの変身ベルトに比べるとを売上感をイメージできないのではないか。だからこそ戦隊はできるだけ巨大戦の魅力をアピールして、もっとロボットが欲しくなるようになっていかなければならない。

 

巨大ロボとゼンカイジャー

まず『機界戦隊ゼンカイジャー』は過去戦隊のロボットをモチーフにしている。個人的にはマジキングをモチーフにしたゼンカイマジーヌの造形デザインが好みだ。

戦隊シリーズでは過去に30作品目の『轟々戦隊ボウケンジャー』で敵怪人のモチーフを過去のヒーローロボで造形していた実績がある。見た目で「あのロボだ」とわかるものもあれば、しらべて「なるほどなぁ」と感心するものもある。仮面ライダージオウでは過去のライダーをアナザーライダーとして怪人化させたデザインもつくっている。そう考えると、45種類ちかく出るかもしれないゼンカイジャーのロボ(や換装武器)にも期待ができる。直近ヒーローだから記憶が新しいうちにキラメイジンモチーフのヒーローがGW前後には登場するに違いない。(願望)

 

コロナの影響か、あの白倉氏の仕掛けか、ゼンカイジャーでは生身キャストはひとりだけだ。4人はキカイノイドとかいう、電王イマジン方式を戦隊に採用したのは正直相当思い切った。おそらく通年でロボ戦に力をかけてくるだろう。これが成功するかどうかが45作品つづいたスーパー戦隊シリーズの分岐点だ。先日放送されていたの「しくじり先生」のように暗黒期・迷走などといわれないような展開であってほしい。

とはいえまぁ、イマジンの実績もあるしバディノイドもいたし、ニンジャマンやシグナルマン、ズバーンみたいな番外戦士たちも活躍していたし大丈夫でしょ。

 

 

巨大戦のロマン

まずは僕個人の昔の戦隊のイメージだ。

等身大戦を終えると何らかの方法で敵が巨大化する。戦隊側も当然巨大ロボで応戦する。

しかし、ロボが合体するとすぐさま必殺技を繰り出す。巨大戦そのものが消化試合のような扱いだ。

これについてはキラメイジャーのプロデューサーで過去にはデカレンジャーマジレンジャーを担当した塚田プロデューサーも「昔の僕なら」「等身戦が終わったらアクション部におまかせ」してたという。

ロボットをPRするのにロボ戦が消化試合のような扱いになってしまう本末転倒な構成になりがちだったということだ。

なんとなく潮目が変わり始めたのは感覚としてはシンケンジャーだ。

それまでは等身怪人の巨大化だけだったのが、雑魚兵の巨大化を果たし、巨大戦のあり方に一石を投じる形になった。純粋に魅せるバリエーションが増えた。

そして、巨大戦に力をかけたのはゴーバスターズ。等身戦を行いながら並行で巨大メカが転送されてくるギミック。

1話なんか顕著だけどもメガゾードが転送される前にメタロイドをシャットダウンしたい、けども間に合わず等身戦と巨大戦を同時平行で処理しなくてはいけなくなる。

ポイントは等身怪人の巨大化ではなく、別個体が転送されてくるということだ。

だからこそふたつの戦いを同時に展開させることができる。この流れはまさにキラメイジャーでも同じ方式をとっている。

ゴーバスターズはロボットの拡販に力を入れることを目標としていた。そのためシリーズを通して合体ギミックのおもしろさはもちろん、ストーリーでのバディとしてロボットの魅力を高め、ロボ戦の価値を上げるための工夫がみられる。メカメカしい基地があるのも整備士にスポットが当たる話があるのもたまらない。

 

 

各組織巨大化のメカニズム

次に最近の巨大化メカニズムを考えてみよう。

 

トジテンド:巨大戦用戦闘員が存在。等身戦で敗北したワルドのトジルギアの能力で強化される。等身&巨大戦もありえる。

ヨドン軍:邪面師と邪面獣は別個体。邪面師が集めた闇エネルギーによって転送される。うまく集めれば等身&巨大戦となるし、集めきれなくても闇の保険でカバーされる。

マイナソー:等身獣が自身で巨大化。そのためにマイナス感情で成長しないといけない。等身と巨大戦は同時には起こらない。

ギャングラー:ゴーシュによって巨大化。金庫が本体(?)。等身と巨大戦は同時には起こらない。

 

ギャングラー以前の多くは誰かによって巨大化アシストをしてもらうパターンが一般的だ。ジュウオウのナリアだったり、ニンニンの九衛門だったり、キョウリュウラッキューロだったり。戦隊シリーズ昔からのお約束のひとつだ。しかしある意味ではマンネリの理由ともいえる。苦労して等身獣を撃破しても必ず巨大化して復活してしまう。等身戦はあんなに苦労したのにロボットで戦うとあっという間にやっつけてしまう。これでは完全に消化試合だ。

 

キラメイジャーではゴーバスターズの時のように、巨大と等身ふたつの戦いを上手く見せることで消化試合のようなイメージにならないような工夫も見て取れる。

いかにロボ戦を魅力的にできるか、制作陣の腕の見せ所だ。それなのにこれまではアクション部に丸投げをした、ストーリーのおまけのような扱いだった。アクションとストーリー、バラバラに構成されていたふたつをうまく物語に組み込み、ロボに焦点を当てた話と等身ストーリーに焦点を当てた話ができれば、世界観にメリハリがつくだろう。

キカイノイドが全力で等身戦をしてくれるゼンカイジャーは、ロボットをより魅力的に映してくれるはずだ。

 

ちなみに巨大化にサポートが必要となる場合、たいていラスボスの女性型秘書や雑用係やベビーシッターなど身分が低いものに任せられることが多い。巨大化は仕事内容としては相当重要案件である上に、頻度も多い。実は巨大化の役割を担うことはラスボスの信頼を得ている花形なのかもしれない。復活する怪人側も失敗を挽回するチャンスをもらえたとして、怪人サイドも「サンキューナリア」と礼を言っている印象が強い。巨大化はうれしいようだ。たまには1クールでやられそうな武人型幹部がブラック精神で「死して働け」と無理やり巨大化させるような展開があってもいいのになぁ。

 

 

機界戦隊ゼンカイジャー。その響きの通り機械モチーフである。次回にはブルーンが仲間入りを果たして2台ロボが並び立つ。ようやくゼンカイジャーがスタートするのだ。これからの展開を期待して見ていこう。

 

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