ゆうがたヒーロー

日曜の朝でなくても誰だってヒーローに憧れてる

『機界戦隊ゼンカイジャー』33話学園青春メガレン回。戦隊における学校エピソード考察

スーパー戦隊シリーズ 45th Anniversary NON-STOP BEST MIX vol.2 by DJ シーザー

 

オープニング前2分で舞台設定と説明を完璧にこなす段取り力。

さてはゼンカイジャーの制作陣、完全に作り方を理解ってきたな。

フォーマットというかテンプレというか、、いやすげぇわ。

 

異世界混入の自由度と難しさ

実は僕らは元々ゼンカイジャー世界というものを知らない。1話冒頭でキカイノイド達の世界と融合して以来、毎話どこかの世界のエッセンスを加えられ続けている。

つまりはゼンカイジャーには決まった世界観が存在していないのだ。

となると通常、世界が変わればその世界のルールを都度説明しなければならない。

世界改変からルール説明、世界解放これを毎話やるってそうとうハードじゃないですか?

 

同じ白倉氏の手掛けた「仮面ライダーディケイド」はディケイド御一行が世界を旅するフォーマットであった。いろいろな世界を説明する必要があったり、エピソードごとの課題を解決する必要があったりと、これまた同様の制約があった。しかし、ディケイドは1世界2話で構成されているため比較的ドラマを描きやすい。ゼンカイジャーはギャグゴリ押しで1話で収めている感がある。

無茶苦茶な設定であろうが、描写すべきノルマが多かろうが完璧にこなせるくらいに型が出来上がったゼンカイジャー。こうした無茶が後の作品の糧になっていくのかもしれない。。。

 

 

学園青春回・・・?

入れ替わりに続きまして学園回。学園絡みのエピソードも戦隊では定番だ。

パターンとしては特定の学校やその生徒が不穏な動きをしているため、調査に出向くことが多いだろうか。シンケンジャーキョウリュウジャーニンニンジャーらみたいにメンバーに学生がいれば自然な形で学園回のメインを決定できるのも強い。ボウケンやシンケンのように教育実習生として潜入もよく見る。

学園回といえば恋や友情をメインテーマとして描くことが多い。ゴーカイジャーのメガレン回でも欠かせないエッセンスのように恋模様が描写されていた。(メガレンオマージュだということは重々承知している)

学園を舞台に生徒を操って悪巧みを考える、学園回はそんなイメージだ。

 

洗脳教育する、というと語弊があるのだが、立派な敵怪人として育成するパターンはキュウレンジャーOVAのイメージが強い。カメレオングリーン・ハミィだけが洗脳チャイムを聞いていなかったから無事に攻略できたが、敵のルールが重視される世界観では苦戦を強いられることが多い。トジテンドも優秀なクダックを育成するという目的がある世界なので、トジテンドに都合がいいルールに苦戦した。

 

ところで東映による学校のイメージは、理不尽とルールの遵守なのだろうか。リュウソウジャーでも学校を舞台にルールを守らせるマイナソーが猛威を奮った。支配された学校や悪の教育機関は異常なまでにルールを徹底し、敵怪人がそれを取り仕切る。そして大抵の場合、反抗反論は認めずに理不尽を押し付けている。そういう部分はやっぱり悪として強調して描きやすいのかなぁ・・・。

 

同じく、悪に落ちた学校で児童生徒らが不良になるというパターンもある。心優しかったあいつがなぜ・・悪の組織ぜってぇ許せねぇというフォーマットですね。

ゼンカイジャーさんたちよ。自ら進んで(ツッパリ時代の)ヤンキーになる戦隊は君らくらいじゃないの??それ、敵の洗脳攻撃で暴走した状態だよ?なんで洗脳されてないのにそうなっちゃうの??

ガクエンワルド校長、めっちゃいいこと言うじゃん。なのにネクタイ奪っちゃって不良の鏡かよ。

 

ロクに説明なくステイシーも先生馴染んでるし、最近はなんか吹っ切れた?

答えさせる気のないクイズもツッコミどころしかないし、ゼンカイジャーは本当にやりたいことやったもん勝ちってくらいに好き勝手やってるよ。

今週も頭ゼンカイでしたね・・・・。

 

 

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SNSってなんなんだろう。皆が求める「いいね」の正体

「いいね」を購入につなげる 短パン社長の稼ぎ方

※画像はイメージです。本の内容とブログ内容は一切関係ありません。

 

 

前回のあらすじ

「なんでいいねがほしいの?」という率直な疑問をぶつけられて困った経験から、インターネット史について思い出してみた。そして世界はSNS全盛期を迎える。

 

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かつてTwitterに「いいね」という機能はなかった。代わりにあったのは星マークの「お気に入り」通称ファボ(favoriteより)。

調べると2015年頃から仕様変更されてかれこれ5年くらいになるようだ。

今の児童生徒がTwitterに触れるのかどうかさえわからないが、今20歳の大学生くらいの子は15歳でTwitterを始めた頃にはすでにファボなんて存在しなかったことになる。なんて恐ろしい・・・。

ネットで検索した程度ではあるが、この変更には「ファボがなんの機能なのかわかりにくい」ということから「いいね」に移行したような節があることがわかった。

確かに考えてみればやっていることは同じにも関わらず、感覚的な違いからかファボだと使いづらい印象がある。「いいね」のほうが直感的に使いやすい。

AppleGoogleが徹底して「感覚的に使える」仕組みを整えた結果、よくわからない機能というのは致命的なくらいに使いづらさを強調する。

Facebookは「いいね」という名称ですでに実装されており、後に喜怒哀楽の感情表現を加えた「いいね」を追加している。

 

Instagramが力をつける前はTwitterFacebookを中心に「映える写真」を載せるのが流行っていたとおもう。

なんとなくこのあたりから一部不思議な人たちが目に見えてきた。美味しそうな食べ物やジャケ写みたいなかっこいい写真を撮ることへの執念を持っている人が目立ってきたのだ。誰もが雑誌の1ページのようなキラキラした場面を切り取っていた。

 

この「映える」写真を特化させたアプリがInstagramだと思っている。

ブログ→TwitterInstagramと、個人が書く文章は確実に減り短文から画像特化となった。

「難しい文章なんて考えなくてもいい。まずこの画像を見てくれ」と言わんばかりの反言語時代となった。アプリの加工技術も相まってこぞっておしゃれな画像を投稿していった。

 

この画像時代は「いいね」機能との相性が良かったんだと思う。

文章はいくら推敲しても、受け手が「読む」という行為を経て「理解」した上で「共感」して「いいね」をする。

画像は多くの工程をすっ飛ばして、直感的に快/不快を判定できる。快な画像を「いいね」するのは簡単だ。

 

非情に厄介なのが、この「いいね」だ。ネーミングにもあるようにプラス感情の共感を示すコマンドだ。なぜだかこれをもらうと、自己肯定感が高まる。洒落た画像を投稿して知らない人にも「いいね」をもらう快感はこれまでのネット社会では経験したことのない類のものだろう。

いいねをする側も負担がなく軽い気持ちで押せるだけに、一度波に乗れば雪だるま式に評価が高まる。

いいねやフォロワーの数が自己肯定感を数値化してくれる。

 

また、社会的にも「自己責任」論が蔓延してすっかり定着している節もある。

今の時代、会社や学校に頼るのではなく「個」を高めていくことが必要だ、という考え方も増えた。

そうした社会分断が進んでいる中で、自分が活躍できる場所を手軽に探せるのがインターネット、特にSNSだった。

ビジネス面でもSNSは自己責任社会で必要となる個の力を可視化して高めていくのに一躍を買った。

「自分の発信が認められ、自分の発信を待っている人がいる」SNSでの発言の注目度が高まっていくほど、ビジネスがしやすくなっていった。いわゆるインフルエンサーの登場だ。単なる承認欲求が商売の土台となったのだ。

 

 

「なんでいいねがほしいの?」という問いの答えはこのふたつなのかもしれない。

①数値化された自己肯定

②ビジネスで武器になる土台づくり

 

 

マズロー欲求段階説に当てはめると①は4段階目の承認欲求、②は5段階目の自己実現の欲求に近い

だけども、3段階目の「社会的欲求(帰属欲求)」を満たさないまま上位欲求を求めすぎているのではないかと思う。

所属社会でうまくいかなくても自分の居場所を見つけられるのがSNSの強みだ。だけど、この土台がおろそかになっているとバランスが崩れてSNSの社会のみでしか生きられなくなってしまうかもしれない。

僕自身もSNSをやっているし、こうしてブログを書いてなにかしら発信をしているけれども、そのあたりのバランス感覚を忘れないようにしていきたい。

 

 

ところで、Instagramの普及からTik Tokブームが起きた。

画像よりも情報量の多い動画に移行した。人の欲望はジャケ写への憧れからPVへの憧れに昇華したのだ。

文章はその言葉を読めるものにしか扱えない。画像や動画は言葉が分からなくても伝わる情報は多い。感覚的に分かるものが好まれる現代、おそらくこれからも画像や動画のブームは加速していくだろう。そして対象的にブログなどの文章メディアを好むものは減っていくと思う。

しかし、だからこそ「文字」の価値は相対的に上がっていくと思う。

いくら画像や動画が発達しても現実では言語で伝える必要がある。そうした際に文字を読む・文章を書く訓練が絶対に必要となる。

支離滅裂な言葉を話す上司先輩同僚顧客を相手にしたり、意味や意図のわからないメールを処理したり、言ったことが全く伝わっておらず二度手間になる。

結局何が言いたいのかわからなくなっちゃうことも多いけど、文章を書く訓練ってのは本当に大事だと僕は思う。だから僕はブログを書くのだ。

これからの時代、文字や言葉を扱うことの大切さがもう少しでも見直されると嬉しい。

 

 

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『機界戦隊ゼンカイジャー』入れ替わり回。ステイシー・世古口凌くんをひたすらに褒める記事

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戦隊恒例(?)入れ替わり回。

大体の悪の組織にも入れ替え能力の怪人が所属しているという点で、どこの組織も求める必須スキルなのだろう。サカサマが入れ替わるのはやや強引な気もしないでもないが、細かいことを気にしていたらゼンカイジャーなんて視聴できなくなってしまうので、頭をゼンカイにして楽しもう!

 

ステイシー・世古口くんの演技力が際立つ回

今日の主役は実質ステイシーだ。

それはステイシーの肉体が大暴れをしていたということに由来するのではない。

介人がステイシーに入れ替わることにより、ステイシーという存在や立場について知り、同じくステイシーも介人の人となりを知る、ある種の分岐点になるエピソードだ。

ただ「入れ替わりが楽しい」だけの回ではなく、自然な形で身を持って互いへの理解を深める粋な構成だった。

 

介人の身体になったステイシーは彼の周りの人間の温かさに触れる。同時に介人はステイシーが偉くないことを知る。ステイシー(の身体の介人)が邪険に扱われることで、ステイシーがいつも周囲の冷たい環境に居たことが端的に強調される。

ステイシーが「サカサマワルドがゼンカイジャーに勝つ」ことを願うが、その理由のひとつとして「このまま介人として周囲の温かさに触れていたい」と考えていたはずだ。だが、怪人は最終的に倒される。入れ替わり回は入れ替わり回でしかない。ステイシーの希望も虚しく、ステイシー自身も応戦する形でサカサマワルドを撃破。もとの身体に戻る。

ラストにスクラップの上でひとり立ち尽くすカットが最高だと思った。

介人はステイシーには無いものを持っているという妬みや羨望に自らの絶望や孤独、あらゆるマイナス感情が大変に美しく表現されていたと思う。

 

これは演出や脚本もさることながら、世古口くんの驚異的な演技力の賜物である。

驚いたのが、介人が入ったステイシーが完全に介人であったことだ。

動きや行動ではなく、表情が介人なのだ。

 

五色田介人という人間はいつも楽しくコロコロと表情を変える。単に喜怒哀楽が激しいというわけではない。やりすぎなくらいに全力の顔芸をここまで半年間やり続けてきた。何気ない日常会話からメチャクチャな世界観に適合する時まで、常に完璧な表情管理をしている。あの全力具合はなかなか真似できるものではないと思う。

世古口くんはそんな表情管理術を完全にトレースしていたのだ。細かい仕草も笑い方もなにもかも、これまで駒木根くんが積み上げてきた介人そのものだった。

クオリティの高さに正直驚いた。

 

石と入れ替わったり、ギャングラーと入れ替わったりする、「入れ替わり元の表情が分からない」回と求められるレベルがこんなにも違うのかと思った。表情の作り方は良太郎・佐藤健やウォズ・渡邊圭祐と並ぶんじゃないんかな・・・。褒めすぎ?

 

いやほんと、ただただ素晴らしい回であった。

 

 

フリント役森日奈美さん念願の初変身とか、フリントになった増子くん楽しそうとか、リッキー&カッタナーの入れ替わりは大差ない(笑)とか、相変わらずゲゲが不穏だとか、今日もCG巨大線だとか、デカ&パトに脱獄を手助けさせる介人だとか、細かいツッコミどころはいっぱいあるけど、全部吹っ飛ぶわ!

 

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『機界戦隊ゼンカイジャー』驚きの白さを体験せよ。ギュウニュウワルドの性能がぶっ壊れすぎ

機界戦隊ゼンカイジャー オリジナル・サウンドトラック サウンドギア1

 

「牛乳をモチーフに怪人と能力を考えてください」

こんなこと言われたら頭を抱えるだろうな・・・。

 

「怪人はトウギュウワルドを再利用します。能力だけおねがいします。」

仮にこういうオーダーだったとしても絶望感ある。

 

牛乳=白い

この連想から「世界を白く作りかえる」能力になり、拡大解釈をして「世界を白紙に戻す」って感じだろうか。

再利用怪人のくせに能力が凶悪すぎる。

物理的に白くするに飽き足らず、パソコン内部のコード?を白く無に帰す。

もはや原理とかどーでもよくて、デジタル社会における最強クラスの怪人であること事実だけを理解できればそれでいいだろう。

 

冒頭で介人とセッチャンがゼンリョクゼンカイキャノンについて調べているシーンから始まって、ギュウニュウワルドによって昔からの友達との離別に繋げてくるとは思いもよらなかった。セッチャンって司令官ポジションと技術アシスタントポジションを兼ね備えた優秀なサポートメンバーって印象が強いんだけど、介人の両親がセッチャンの開発者である点から物語の鍵を握っていて、介人の心のケアまで担っている。

ヒドケイワルドと半年間軟禁されていても決して心が揺るがず、折れない強さももっている。

セッチャン、、ステイシーと同じくらいゼンカイジャーの物語に必要不可欠な存在だったんだね。

 

セッチャンが覚醒以前から介人の友達だったのは事実なんだけど、介人があまり回想しないもんだから、個人的にはちょっと気持ちに寄り添いづらかったかなぁ。

 

 

ゼンリョクゼンカイキャノンによる飛行フォーム&5体合体がお披露目。

合体での戦闘は全編CGだったからアクション用のスーツは無い感じなのかな。

そうだとしたら毎週登場させるのは難しそうだけど、どうだろうか。今日なんてお披露目も兼ねているからめちゃくちゃ気合入った戦闘をかましてくれた。

CGをぶつける必殺技は何度か使われるだろうから、毎週ぶつけられる魔進ファイヤやゴーカイガレオンを楽しみにしておこう。ガレオンがでかすぎて存在感がすごかった。

というか各種マシンをぶつけるのって自爆テロ感あってインパクトがすごいわ。

 

 

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『機界戦隊ゼンカイジャー』オタクの専門知識を開放せよ、ゼンリョクゼンカイキャノン

スーパー戦隊シリーズ 機界戦隊ゼンカイジャー VOL.3 [DVD]

 

柿ワルドかと思いきやホシガキワルドであり、巨大化すれば「カキワルド」(柿牡蠣花器火気。夏季がないのがせめてもの救い)

遊び心の塊。これぞゼンカイジャーである。

 

シリアスを握るのはハカイザーかステイシーか

10月になったということで、そんな遊び心に一石を投じる形で参戦した新怪人・ハカイザー。介人の父親が関係していることだけは確実であるが、ストレートにハカイザーの正体なのか記憶抽出してつくったコピーなのか、細かいところは謎のままだ。

どういう系譜で生み出されたのかは別にしろ、行方不明になっている介人の母親が再登場する場面で謎が明らかになるものだと思っている。つまり、物語が動き出すタイミングだ。10月からのワンクール引っ張って年末商戦のボスになるってのは気が長すぎるかなぁ。

 

それにしても、父親絡みで介人と因縁があり、いくらでもシリアス展開に転換できる布石を打っておきながら、妙に陽気なキャラなのが異質さを際立たせる。陽気な敵キャラってこえーんだよな。打ち解けて和解直後に退場したり、陽気の裏の残虐性が発現したり、陽気なキャラを殺されて無感情な兵器に改造されたり、めちゃくちゃ偏見だけど陽キャラ怪人にはそんなイメージがある。

とりあえず、当分はゼンカイ脳サイドのキャラクターとして盛り上げてくれるに違いない。そして同時に当面のシリアス要素はまだステイシー君に頼り切る番組編成で進めるようだ。なんならステイシーからしたら味方サイドにあたるハカイザー君のほうがステイシーの頭痛の種になる可能性すらある。先週みんなと混ざってテニスなんかをエンジョイしちゃうから「もっとシリアス頑張れ」というドS制作陣の愛のムチに違いない。泣くなステイシー、頑張れステイシー。

 

 

君も手軽にオタクになれる「ゼンリョクゼンカイキャノン」

さて、新しい武器「ゼンリョクゼンカイキャノン」

元々別世界のスーパー戦隊をモチーフにゼンカイジャーが生まれている。

五色田夫婦は生粋のスーパー戦隊オタクであることは間違いない。(リバイスの某博士と一緒にオタトーークしてほしい)

そんな夫婦はゼンカイジャー自身には召喚機能を取り付けていなかったのかと思いきや、武器として後付けできるように開発をしていた。セッチャンよ、そこまで詳細データを調べられるのならばフリントに頼めば開発できたんじゃないか笑

と、そんなこんなで登場したゼンリョクゼンカイキャノン。

なんと言ってもモチーフ縛りで過去戦隊を召喚できるという未来のオタクを育成してくれる機能が目玉だ。

 

基本的にゼンカイジャーの世界の登場人物は過去のスーパー戦隊を把握していない。

みんな「別世界のヒーロー」であり、「自分たちのモチーフ」であることは理解しているが、あくまで別世界のことなのでゼンカイジャー達も明確な知識や理解があるわけではない。スーパー戦隊ギアの効果が妙にずれているのはそうした「理解・解釈が曖昧のまま何となく使っているからではないか」という意見を見て納得した記憶すらある。

トジテンド側、ステイシーもそうだ。登場時にゴレンジャーを召喚したり、ジュランやガオーンらにジュウレンやガオレン、ゴールドツイカーにオーレン・シンケンをぶつけたのも知識があって当てつけるために選んだのではない。あくまでも「たまたま」元ネタだっただけだ。

ゼンカイジャー世界で他のスーパー戦隊を把握しているのはおそらく五色田夫婦と、そのデータベースから知識を得ているセッチャンだけであろう。

そんな知識が曖昧な面々が、「科学縛りの戦隊を見たい」「和風で揃えた召喚してくれないかなぁ」なんていう視聴者の夢を叶えることは難しい。そして当然、ゼンカイジャーで過去の戦隊を知った子どもたちがそうした分類遊びをするのもハードルが高い。こうした分類分けができるのは45の戦隊に関する知識を有している、オタクや「スーパー戦隊図鑑を読み込んで」のめり込んでいる子供だけなのだ。ゴーカイジャーでは伊狩鎧が戦隊オタクのスーパーヒーローという離れ業をやってのけた奇跡。

いくらスーパーヒーロー戦記で戦隊とライダーのモチーフ揃えで戦闘をさせても一部の人にしか理解してもらえなければその労力は無駄になる、あるいは制作陣の自己満足に終わってしまう。(かといって適当にバラバラの組み合わせだと面倒でうるさいノイジーマイノリティ的なオタクがボロクソ言ってくるから難しい)

制作として、一般人の「名前を知っている」程度の知識からもう一歩踏み込んだ知識を持ってもらいたいのだと思う。それが過去のコンテンツを殺さずに長く生きながらえさせるための戦略なのだ。

 

テクノロジーとは、一般人の心理的ハードルを下げるものだと思っている。一部の専門家だけができていたことを大衆にもわかりやすく使いやすくしてくれる。こうして世界はより高度に発達してきた。

この「ゼンリョクゼンカイキャノン」、なんとゼンカイジャー達や一般人には難しい戦隊の分類分けを自動でやってくれる優れモノ。

「科学」を選べばデンジマンタイムレンジャーを自動で選んで呼び出してくれる。専門知識不要の誰でも使える夢のアイテムである。

おそらく五色田博士がそれぞれの戦隊に分類タグ付けしてデータベースに登録してくれていて、武器では分類タグを読み取る形で戦隊を召喚してくれるのだろう。

「タイムブルーは科学よりも脳筋側では」なんて感想も見受けられたし、僕自身も「タイムブルー??」と思ったけれども、多分個人までフォーカスせずに戦隊としての括りで登録しているのだろう。タイムレンジャーは紛れもなく未来の「科学」技術で生まれた戦隊なのだから。

 

しかし、ディエンドライバーの形状のケータッチっぽいこのキャノン、こうも戦隊の顔が並んでると圧巻だな。ジオウの平成ライダー曼荼羅ドライバーの倍以上の顔が並んでいるんだもんな。ずっと途切れなかったのが戦隊の強みであるのと同時に、昭和と平成という明確な切れ目がないからアニバーサリー作品でのヒーローをまとめたアイテムデザインは難しいね。

 

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感想『機界戦隊ゼンカイジャー』29話テニプリVSエースをねらえ テニヌはゼンカイ脳を超える。

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機界戦隊ゼンカイジャー、全力全開で悪ノリパロディしてるな笑

 

東映側でテニスといえば「エースをねらえ」派と「テニスの王子様」派がいて論争が起きたとかなんとか。

僕はテニプリ世代なんだけど、完全に流行に乗り遅れてちゃんと見てないんだよなぁ。

当然なんだけども、今日のゼンカイジャーはパロディ盛り盛りだったようだ。

…イマイチ乗り切れないのが歯がゆい…。テニスは格闘技って、ネタでよく言われてるのは知ってるけどテニプリ本編でも言われてたりしない?流石に言ってないか。

 

ただでさえネタが盛りだくさんなのに、ゾックス役の増子くんがテニミュ俳優だったことも更にテニプリ化に拍車をかけている。テニミュ共演者の仮面ライダーセイバーの賢人も思わず反応してたw

 

 

東映保有のテニスコートあるじゃん、撮影に使おうよ」くらいのノリでテニス回が設定されたと、先週の制作ブログには書かれていた。

 

 

なぜいつもの採掘場に舞台を移す???

 

 

もう、絶対爆発するテニスじゃん。

あの異常に広くて何もない山場に手作り感満載のテニスコートができているのは笑うしかないでしょ。約束された爆発が目に見える。

そして思ったとおり、、というか思った以上に爆発されるゼンカイジャー御一行。

 

やりたい放題だな!

 

 

 

こんなにもツッコミ放題ネタのバイキング状態なのに、おおよそ「テニスの王子様」という元ネタがあるという狂気。。。。ゼンカイジャーが狂っているのかと思いきや、真の狂気はほかにある・・だと・・。

 

さすがにこれだけの狂気とゼンカイ脳が融合してしまうと、サトシを名乗るステイシーも世界に染まらざるを得なかった。

テニスのトレーニング(?)をしているゼンカイジャーたちを見て「何をやっているんだ」とか言ってたのに、わざわざ着替えをバッチリ済ませて採掘場まで駆けつける始末。王朝に戻ったあとうっかり「何をやっていたんだ」とつぶやく姿がもはや愛らしい。

君までゼンカイ脳になってしまったら物語が進まなくなってしまう。この物語の結末はステイシーが握っているんだよ。だからゼンカイ脳に染まらずどうか持ちこたえて‥。

 

平常運転といえば平常運転なんだけど、平常がすでに狂気で、だけどもこの狂気にも元凶がいて・・・。いやぁゼンカイジャーの中でも指折りのとんでもないエピソードだったな。

しかし、ゼンカイ脳を超える元凶があるってことは、ゼンカイジャーもまだまだだね。

 

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SNSってなんなんだろう。感覚としてのSNS変遷史

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SNSって何が目的なの」「なんで食ったものアピールするの」

ある日、SNSをやっていない一回り以上うえの人から率直な疑問をぶつけられた。

InstagramTwitterFacebook、それぞれ得意なツールはあるけれども、「なんで」と聞かれると意外と困る。

 

「みんな『いいね』がほしいんですよ」

バズった経験もない僕が言える精一杯大衆寄りの回答をした。

「『いいね』がもらえるとどうかなるの」

まったくそのとおりだ。1いいね=0.0001円くらいの金銭報酬があるわけじゃない。全く金にならない数字を僕らはどうしてこんなにもありがたがるのか。

「みんな会社で叱られて凹んだことをSNSに書いて、『いいね』とコメントで慰めてもらうんですよ」

そんなくらいしか言えない。『いいね』の幸福感はSNSをやっていないと絶対に理解ができないからだ。

僕はSNSというかインターネットの成長と合わせて大人になった世代だと自負している。このあたりの歴史を記憶の中から整理してみると、この「いいね」がなんなのか、なにか手がかりがつかめるかもしれない。

 

 

インターネット創世記、ネット界はいまとは全く違うものだった。

よくわからない個人HPにアクセス数でのキリバンシステム(?)。ゴロがいい数字の来訪者は掲示板で報告するのがマナー?だったらしい。

各HPには掲示板やチャットが設置してあり、常連客のたむろする喫茶店のような安心感のある世界だった。

個人ブログも最盛期だったような気もする。よくわからないけど中学生でも自分のブログをつくって友達同士でリンクさせていた。

携帯電話サービスが発達すると、クラスのHPやプロフィールページなどができあがった。特に前略プロフィールというサイトは欠かせない!それぞれに裏リンクやパスワード付きページなどを用意して、もともと内々で楽しむようなサイトなのにさらに細分化された身内向けになっていたのが趣深い。

 

 

個人向けサイトの増加に対して勢いがあったのがグリーやモバゲーだ。

携帯電話の通信環境がよくなるにつれてサービスは多種多様にになっていった。各自が夢物語のような小説を投稿できる「ケータイ小説」が話題になったし、恋空や王様ゲームのような映画化やコミカライズ化など手伝い、多くの作品が幅広く世に知れ渡った。

アバターを着せ替えながらゲームもあり、ブログもあり、コミュニティサークルもある。今思えばあの時代のプラットフォーマーとして絶対的な地位を確立していた。

メッセージのやりとりや足跡機能の活用によってコミュニュケーションをとる。

この多種多様なニーズは、いうなれば活気のある商店街のような楽しさがあった。商店街の中で本を読み、ゲームをし、メッセージを送りあう。この商店街ですべてが完結していし、すべて商店街での運営だった。

 

携帯電話産業、特にガラケーの時代は日本がまだ力をもっていた。

しかし、知っての通り黒船スマートフォンの襲来によって日本の携帯電話産業は大きく姿を変え、競争に破れ多くの企業が撤退を強いられた。

AppleによるiPhoneの上陸、検索エンジンGoogleと通販サイトAmazonの巨大化、FacebookTwitter、LINEによるSNSの再構成。

感覚としては2011年以後、加速度的に世界が創り変えられたと感じている。

 

 

AppleGoogleにプラットフォームを奪われた各社はコンテンツを提供するしか生き残るすべがなくなった。日本でスマーフォンにいち早く対応したのはゲーム業界。ガラケー時代のゲームノウハウから、ガンホーの「パズドラ」、ミクシィの「モンスト」、コロプラの「白猫」が幅を利かせていた。

コミュニュケーションはメールに代わり無料通話ができるLINEが一般的になった。過去に散々「通話料」を売りにしのぎを削っていた携帯電話各社は価格破壊によってさらに厳しい状況だ。各社今なお利益確保のためにあの手この手を模索している。

FacebookTwitterによるSNSの登場で各々でコミュニティをつくらなくとも簡単に同じ趣味を共有できるようになった。

活気のあった商店街は、大型商業施設によって駆逐された。

「ゲームをやるならあちらへどうぞ」「おしゃべりはこちら」と施設内でテナント別に細分化され、ごちゃごちゃしてないスマートな社会が実現した。商店街のようなあたたかな運営ではやっていけず、各社は競争の激しい巨大なテナントに入るしか生き残れない。

 

この頃には世界は完全に変わってしまった。

このテナントのなかで「いいね」という画期的な仕組みを生み出してしまったことでさらにもう1段階変化が訪れる。

 

長いので一旦つづく

 

 

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『機界戦隊ゼンカイジャー』28話 漫画とヒーローの深い関係。強敵マンガワルド現る

スーパー戦隊シリーズ 機界戦隊ゼンカイジャー VOL.2 [DVD]

 

仮面ライダーセイバーが終了したタイミングでのマンガトピア。

これはさすがに狙っているでしょ。

 

漫画って、メディア・ミックスしやすい媒体ではあるんだけど、不思議と実写映像作品とも食い合わせが悪くないんだよね。近い例を上げれば仮面ライダーゼロワンの必殺技描写のカット割が漫画的であったり、なんならゼンカイジャー同様「漫画回」があり、漫画カット風に敵と戦ってみたりしている。「仮面ライダージオウ Over Quartzer」で漫画版クウガが実写映像に飛び出して闊歩するような演出がなされたこともある。

 

「セイバー+ゼンカイジャー スーパーヒーロー戦記」でも強調されたように、仮面ライダー自体が元々漫画媒体発祥であったことも大きく影響している。

最近では実写の「仮面ライダーW」が正当続編「風都探偵」として漫画化している。

仮面ライダーの系譜をたどる仮面ライダーシリーズと兄弟である戦隊ヒーローシリーズと漫画との関係は、切っても切れない深い関係があることは違いない。

 

そんな深い仲(?)の漫画を題材としたゼンカイジャー。ワルドの能力自体はさほど珍しいものではない。相手を原稿にして閉じ込めてしまう幽閉型だ。ジュランやマジーヌの例から推測するに、幽閉されていても自由に行動・発言ができ、もしかしたら漫画ならではで自分の意思で好きな展開を(原稿内で)繰り広げることができたのではないかと思う。

それほど特異な能力でない漫画化する敵、これをゼンカイジャートピアで味付けすると、ものすごく濃厚ななにかができあがった。(なにかってなんだ)

割りかし自由にしているジュラン達が漫画の中で変身をして名乗りを上げる。それを実写映像に組み合わせてガオーンとブルーンの間に漫画原稿がそびえ立つよくわからない画を実現させた。雑魚兵を立ちふさがる壁のようにそびえ立ち、絵が動かずモーションタイミングが分からない状態での銃撃をさせるあたり、むしろ原稿状態のほうが厄介じゃないかとすら思わせる。ゼンカイジャーはツッコミどころを多くしてみんなでワイワイさせる手法だとおもっているので、この力技の演出はまさにゼンカイジャーならではなのではないだろうか。

…いやキラメイジャーとかでもできそうだな。「ならでは」は流石に言い過ぎかも笑

 

普通に変身できるし戦えるし、現実世界を歩けないだけで実はそれほど戦力ダウンになっていないマンガワルドであった。

でも、マンガワルドは頑張った。普通であれば漫画トラップに夢中で介人に自作漫画を奪われる場面、カッタナーとリッキー兄弟に不意打ちで奪われる場面でも、一見気づいていないふりをしながら見事に返り討ちにする。目先しか追えないトジテンドの歴代ワルド達と比較しても、かつてないくらいに抜け目ない敵であった。

それだけの知性があるならば、巨大戦のときのように、素直に漫画を具現化する能力でそうそうに武力行使していたほうが厄介だった説すらあるぞ。

 

 

初戦で踊らないゾックスに「まさかシリアス…」と身構えてしまった。

これで立派なゼンカイ脳

 

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感想『ゼロワンOTHERS 仮面ライダーバルカン&バルキリー』ネタバレ注意ラストの衝撃。

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ようやく書けた。公開からちょっと時間経過しちゃったな。仮面ライダーゼロワン「ゼロワンOTHERS 仮面ライダーバルカン&バルキリー」感想記事です。

ゼロワン本編、劇場版「REAL X TIME」、そして滅亡迅雷と続いてきたゼロワンの物語の完結編。脚本の高橋さん、本当にこれでよかったんですか…???

 

タイトル通り、バルカンもバルキリー二人の比重はバランスよく描かれていたと思う。

別々の未知を歩き出したふたりがそれぞれ更に成長していく姿はまさに主役。

二人とも劇場版フォームをもらえたのは良かったと思う。せっかくの劇場版フォームなのに戦闘に関してはバルキリーのほうがやや不遇だったけども…

バルキリーのしなやかなシルエットにサーベルタイガーの鋭さが加わってエレガントでかっこよかったのにな。

バルカンのローンウルフはまぁ、ふつうにかっこいいくらい(?)

狙ったこととはいえ一匹狼の不破さんにローンウルフというのはぴったりでいいなぁ、と思う。

 

 

本編は仮面ライダー滅亡迅雷の暴走からつづく。

主をなくした兵士型ヒューマギアたちも自分たちの意思で行動をはじめる。

これまで合議制で物事を決めてきただけに彼らもどうしたらいいかわからない。

ヒューマギアを開放した滅亡迅雷を支持するのか、それともザイアを滅ぼした滅亡迅雷に敵討ちをするのか。彼らも分からないなりにも自分でものを考えるようになった。

このヒューマギアのなかで男性型と女性型の2体がそれぞれバルカンとバルキリーについて行動していく。

一方で、滅亡迅雷は執拗にバルキリーを攻撃してくる。彼らの狙いは、なんなのか。

 

 

物語の骨格はこんなもんなんだけど、そこに肉付けとして「正義の暴走」という要素が加わってくるから心が痛む。

兵士型ヒューマギアらはザイアを滅ぼすことが滅亡迅雷の意思であり、正義だと盛り上がる。しかし「本当にそうなのかな」と疑問を投げかけたものは仲間であろうと裏切り者として扱われてしまう。

このあたりの描き方が怖いところだった。

「行き過ぎた正義」「正義の暴走」「正義の反対はまた別の正義」

アークとの戦いでもずっと「真に正しいことはなんなのか」と考えさせられる場面があった。わかりやすい答えなんてないだけに、常に難しい選択を迫られ続けられてきた。

本編を終えるとVシネの「滅亡迅雷」からはより一層この色が濃くなって、見ていて頭が痛くなる。・・好きではあるんだけど、どうも収集がつかなくなる・・。

 

 

 

不破は「滅亡迅雷の意思は、自らが悪の化身となって人類に倒されようとしているのではないか」と気づく。そうすることで人類への悪意の果てなんかをラーニングさせ、後世のヒューマギアの未来を切り開こうとしているのだ。

滅亡迅雷を倒すため、壊れたショットライザーを飛電の技術で直してもらおうとする。

しかし対応したイズに「これはザイア製のため使われている技術が違うため飛電では直せない。」と言われてしまった。

ゼロワン世界のなかで変身システムを統一規格にしないから…。競合(?)他社であるうえに最新鋭の極秘技術が使われているに違いない。やっぱ全然違うシステムなのかな。プログライズキーとゼツメライズキーは互換性があったよね。あれは飛電とザイアのゼア打ち上げ共同プロジェクトの技術の副産物だったっけ?

 

 

滅亡迅雷を倒すため、劇場版フォーム仮面ライダーバルカン・ローンウルフに変身する。

激しい戦いの末にバルカンは勝利し、滅亡迅雷を破壊する。これにより滅・亡・迅・雷は完全に消滅してしまう。

危機が去ったことを会見する内閣官房。唯阿は新世代のヒューマギアの未来を語る。

その語りを隅で見守る滅亡迅雷の面々。微笑むと会場をあとにしてスッと消えてしまう。不破も現れ、消えていく。そしてエンディング。

 

滅亡迅雷.netも不破さんもいなくなるビターエンド・・・。ヒューマギアに関する問題や倫理観が解決したわけでもないしバッドエンドと言っても違和感ないくらいにダークな締めくくりであった。

孤独や悲哀、矛盾や慟哭、仮面ライダーにはそういう要素が不可欠だという意見もある。しかし、この結末は相当衝撃がある。本編で生き残った仮面ライダーが5人も退場するなんて予想できなかったな。なんだかんだいい落としどころを見つけてくれるもんだと思っていたよ。安心しきってた。こういう展開もできるんだな。

 

 

ゼロワン世界の結末として良かったかどうかは分からない。

滅亡迅雷との2部作でだけでみても手放しで「おもしろい」「良かった」という気持ちにはなれない。じゃあ「つまらないのか」と聞かれるとそうでもない。不思議な立ち位置にある気がする。

個人的に良かったのは或人社長とのシーンだった。あのノリと明るさは見ていて安心感がある。ゼロワン世界は或人社長が出るだけで画が締まるね。やっぱり或人じゃないと!笑

そして社長にさえなればゼロワンドライバーが使えるというガバガバ基準だったことが判明したことが衝撃的だった。え、1000%さんも使えるじゃん(サウザーに思い入れ深そうだから使わなそうだけど)。ゼアよ、いいのか、そんなんで…笑

1000%はしれっと生き残って、この先バグスターとなった神に出会い、壮大な親子喧嘩に巻き込まれるのか…。濃いなぁ。あと、神も社長だから変身できちゃうね。

でも、割りかし好きなキャラだから生き残ってくれて嬉しい。

 

ゼロワン組の皆様、長い間お疲れ様でした。

まぁ、個人的には総合得点は高くないけど要所要所の展開や演出、特にそれぞれの演技がよかったです。そりゃあツッコミどころはあったんだけど、なんだかんだで楽しめた。

いずれ小説版は出るのかな。ヒューマギアに育てられた或人の過去が気になるんだけども、これだと完全にエグゼイドの二番煎じになっちゃうもんなぁ。違うとなると残るは1000%をメインに据える…?いや、まさかね。

 

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『機界戦隊ゼンカイジャー』柏餅トピアの全貌が明らかに!健気にシリアス・ステイシー

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ゼンカイジャーの公式によると、「仮面ライダーセイバー」が放送中の間は別世界、いわゆる「トピア」については深堀しない方針だったという。仮面ライダーセイバーの「ワンダーワールド」との混在に対する配慮だとか。なるほど、ニチアサ製作陣としては別世界という意味で同じ概念くくりなのか。ゾックスが登場したときは、早めに世界を回るのかと考えていたけど、実際はここまで全く触れずに来てたからもう終盤まで温存していくもんだと思っていた。いろいろと事情があるもんだ。

 

 

そしてついに明らかになった「柏餅トピア」の全貌。

制作陣もお気に入りなのか、世界観が難しそうな柏餅にあえて挑戦する意気込みだったのか、なぜ柏餅推し。。。ゾックス達も実害を被った思い出ある世界だからか?

しかしあの世界ではみんな柏餅の被り物をしているのがマナー(?)なのか。被ってないと「変質者」扱いされる・・・・いや、どんな世界観なんだ。宗教か?宗教国家が一番近いのか?柏餅を神の食べ物であり主食とする世界なのか。でも柏餅を被ってない人は「犯罪者」ではなく、「変質者」程度って考えると戒律や法律ではないのか・・。

やっぱり、家族とか心を決めた人の前でだけあの柏餅を外した姿を見せるのだろうか。なんて奥ゆかしい世界なんだ。

 

 

今回レトロにコオリ、キノコにジシャクといろいろな世界が顔を出した。

数々のファンタジー設定にも果敢に挑戦してきたニチアサ制作陣もさぞかし楽しかったであろう。ジシャクトピアの不穏な世界観がちょっと気になった。どんな世界なんだ。

 

ゼンカイジャー達もトジテンド側も介人の母親を探している。王朝の軍事力という圧倒的な人海戦術ができるのは強い。同時並行であらゆる世界を捜索されるとゼンカイジャーは圧倒的に不利だ。

そこでキーになるのはマジーヌの「次の世界で見つかればいいのに」だ。フリントが「いたぞ〜」って言った瞬間は陽動作戦かな、と考えたけども実際に母親の姿があり、マジーヌがいないのまで見ると「なるほどなぁ」と感心した。

あとはステイシーとの母親争奪戦闘のアクションはちょっとおもしろかった。

ああいうダンス的なノリで戦うの大変そうだな。

 

前回があまりにもシリアス過ぎてゼンカイジャー感がなかったが、今回はちょっとシリアス緩和されていた。普段が狂いすぎていて、ツッコミどころが少ないシリアス全開されると違和感が出てくる体質になってしまった。元々シリアス展開好きだったハズなのに完全にゼンカイ脳に侵されているなと感じたよ。来週はマンガトピア、コミックトピアだったっけ、ということでいつものノリのゼンカイジャーに戻りそうで安心してしまった。

いやでもほんとにステイシー君、ひとりでシリアス背負っちゃってるね。

 

 

ugatak514.hateblo.jp

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